68)札幌国際スキーマラソン
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 思い起こせば初めてスキーマラソン大会に出場したのが1989年の第9回札幌国際スキーマラソンでした。早いもので今年で20年目になりました。近年は一本杖スキーという通常ではない変な道具で参加していますが、実は参加一回目から通常ではない道具で挑戦していました。

・・・どうしてそんなことになったのか? そんなスキーの話を長々と・・・
 札幌で生まれ育った自分にとって、スキーもスケートもなじみ深い遊びでした。小学校では冬になるとスキー学習とスケート学習がありました。 

 スケート学習は札幌オリンピック当時に建てられた室内スケートリンク月寒体育館で行われていました。子供達は氷の上をスピードを上げて駆け回る事が楽しくて、放課後になると月寒体育館に集まり、子供は帰れと放送が掛かるまで遊んだものでした。

 しかし、スキー学習は学校の裏山で行われていました。スキーで踏んで滑走斜面を作り、1〜2ターンしか出来ないような短い斜面を繰り返し登らされ、滑らされていました。そもそも普通のスキーは歩くようには作られていない為、靴擦れの痛みを我慢しながらひたすら歩かされていた記憶が残ります。

 また、放課後の遊びとして近所の月寒公園の広い斜面まで出掛けて行って遊んでいましたが、スキー道具を持っていく子供は無く、皆ボブスレーというプラスチック製のソリやミニスキーという長靴で履くプラスチック製の短いスキーを持参して斜面を滑ったりジャンプ台を作って飛んだりしていました。
近所にスキー場が無かった事もあり、通常の遊びの中にスキーが出て来る事はありませんでした。子供の頃の雪遊びの定番はスコップで雪穴を掘って基地を作って雪合戦というのが基本でした。

 基地や雪合戦を卒業して学生になり、夏の遊びとして当時世に出たばかりのマウンテンバイクに出会いました。それは道を選ばず野山を自由に駆け巡る丈夫な万能自転車です。さっそく夜な夜な整備工場でバイトして「新谷工業製マディフォックス号10万6000円」を手に入れました。 新たな道具を得て、軽登山を始め、テントと寝袋くくりつけて日本最北端を目指したり、富士山山頂からのダウンヒルをしに日本縦断の野宿旅に出るなどして一気に行動範囲が広がり、自力で長距離を走破する楽しさを覚えました。

 またマウンテンバイクのブロックタイヤにネジを付けてスパイクタイヤを作って雪中レースに出たりと、雪道も好んで駆け回っていました。強力なボルトピンスパイクタイヤはなかなかの走破性がありましたが、雪道を走れるのは除雪された道だけで深雪の降り積もった野山にはマウンテンバイクの出る幕はありません。

 そんな自転車の限界を感じていた頃、ある販売店で出会ったスキーに衝撃を受けます。それは子供の頃より見慣れていたスキー道具とは一線を画していました。そのスキーは細身で長く軽量で登山靴のような革靴で履き、スキー金具はつま先部分だけを固定する単純な構造になっていて、スキーを履いて自然に歩く事ができるようになっています。

 それがテレマークスキーというものでした。深雪の野山を自由に駆け巡る為の道具です。夏の野山を自由に駆け巡る道具マウンテンバイクに相対するような、冬の野山を自由に駆け巡る道具テレマークスキーを手に入れました。当時自動車はもっていませんから、夏はオートバイにマウンテンバイクを積んで山登りに出掛け、冬はテレマークスキーを積んでニセコまで出掛けて行って遊んでいました。

 そうして学生の頃より入り浸っていた山とスキーの専門店に染みこむように就職します、夏はマウンテンバイク、冬はクロスカントリースキーを担当し、売り場に出て接客販売するようになります。仕事としてスキーマラソンの道具を接客販売するのだから大会には出ていて当然という職場の空気によって、半ば強制的に自腹でエントリーする事になりました。

 さて通常スキーマラソンに出場するにはスキーマラソン用に作られた軽量な道具を使うのが一般的です。職場には最新の道具が売るほどあります(笑)。メーカーさんからお借りしたオリンピック選手が使うような最高の道具を使って、サンプルでいただいた高価なワックス処理を施して楽に出場できる恵まれた環境が整っています。

 しかし、大会参加の競技規定(レギュレーション)を調べると、歩けるスキーであれば何を履いて出場しても良い事がわかりました。・・・という事はテレマークスキーで出場しても問題無いのです。
そこで、手持ちのスラローム競技用のテレマークスキーを履いて出場する事にしました。でもそれは例えるなら、重い鉄下駄を履いてマラソンを走るようなものなのです。

 自分の道具でどこまで戦えるのか?成せば成るのか成らぬのか?
経験ゼロを忘れて知識で固めた青い勢いは、職場全員の嘲笑を燃料に無駄な闘志を燃やすのでした。 
ここでスキーの分類についての基礎知識を・・・、大きく分けて2つに分類されます。
A)斜面を滑り降りる事のみを目的にしたスキー(普通のスキー)
一般的なスキー場のゲレンデ等でゴンドラやリフトを使って登り、滑り降りて遊ぶ目的で作られたスキー、それがゲレンデスキーとかアルペンスキーと呼ばれるスキーで、日本では普通にスキーと言えばこれに当たります。

B)登り下りに関わらず雪上を移動する事を目的としたスキー(歩けるスキー)
スキー場に限らず雪があれば、野原でも雪山でも何処でも歩いて滑って遊べるのが、クロスカントリースキー・バックカントリースキー・テレマークスキー・山岳スキー等と呼ばれる一連の歩行が可能なスキー達です。これらは元々北方民族の生活必需品から進化した道具です。
さらに歩行可能なスキーは使われる場所の条件によって大きく分けて4つに分類されます。
1)クロスカントリースキー
平地や緩やかな丘陵地帯の整備されたクロスカントリースキーコースで使われるスキー ・・・俗に言う歩くスキーやスキーマラソン用のスキーはこの分類です。道具の特徴としては軽量に作られていて長距離を移動できる長所があります。反面滑走時に転倒したりすると軽量ゆえに強度が弱く壊れやすい短所があります。

2)バックカントリースキー
丘陵地帯や緩やかな山岳地帯の整備されていない深雪斜面等で使われるスキー ・・・手付かずの雪原を自由に歩き回り登って下るスキーです。道具の特徴としては金属エッジを装備した強度のあるスキー板で悪雪やアイスバーンでも使えるようになっています。反面エッジが入り強度が増した分、重量が増え長距離の移動には向かなくなります。

3)テレマークスキー
一般的な山岳地帯の整備されていない深雪等で使われるスキー ・・・山岳地帯の深雪の急斜面を登って滑走出来るスキーです。道具の特徴としてはバックカントリースキーに更に強度を増した作りで、高速度での滑走に対応した構造をもっています。反面さらに重量が増えるため、長距離の移動には不向きで相当な体力を消耗させられる事になります。

4)山岳スキー
冬山登山で険しい山岳地帯で使われるスキー ・・・山岳地帯のあらゆる悪条件下を移動する登山を目的で使われるスキーです。道具の特徴としては、アイスバーンの急斜面等の危険な場所でも使えるような構造をもっています。反面更に重量が増え、道具が複雑化して操作に練習が必要になります。 
さらにクロスカントリースキーの中のスキーマラソン競技用のスキーは二種類に分かれます。
あ)氷の上でスケートをするような動きで推進するスケーティング走法を行うスケーティングスキー ・・・これは現在最も一般的な走法です。例えば水泳で自由形というと全てクロールになるように、スキーマラソンでフリーテクニックというと殆ど全てスケーティング走法になります。エネルギー効率が良くスピードが出やすくレースに適したスキーです。

い)自然に走るような動きで推進するクラシカル走法を行うクラシカルスキー ・・・元来はこの走り方しかありませんでしたが、コース整備と道具の進化によってスケーティング走法が主流になってしまった現在では、水泳でいう平泳ぎのように、クラシカルテクニック指定の大会でしかあまり見る事がなくなったスキーです。スケーティングに比べエネルギー効率はやや劣るものの、これが基本という事で市民大会などで訪れる外国人選手などにはよく見られるスキーです。 
 他にも構造上、キャンバー・サイドカーブ・滑走面・等の違いによって多種多様に細分されますが、それは別の機会に・・・
 1989年2月5日第9回札幌国際スキーマラソン大会 ・・・初めてのスキーマラソン、考え付くあらゆる知恵を絞って準備をしてテレマークスキーでの50Km完走を目指しました。

 しかし、

 一回目は、全くお話にならない状態で中間地点の25Kmでタイムアウト!時間切れでリタイヤでした。敗因は一言「甘かった」

 二回目は、綿密な作戦で望んだものの、途中電柱を支えるワイヤーロープに激突するなどして撃沈、またもや中間地点の25Kmを通過出来ずにタイムアウト!リタイヤです。敗因としては歩行と滑走を使い分けるために取り付けたスキーアイゼンという部品をうまく使う事が出来なかった事とコース前半でスキーストックの部品を破損してしまった事が大きな要因でした。

 三回目は、さらに緻密な作戦で望み、辛くも中間地点を突破、かろうじて制限時間内に50Km完走できました。成功要因は一言「冷静に良く食べる」

 その50Km完走の勢いで湧別85Kmスキーマラソンにも同じテレマークスキーで挑戦、11時間11分で完走しました。成功要因は一言「ありがたくいただく」、 この時は職場の学生アルバイトを一人連れての遠征になりました。バイク二台でそれぞれスキーを背負ってテントと寝袋くくり付け、札幌から湧別まで旅をしました。無事完走した夜、遠軽町の居酒屋で町の方にお酒をごちそうになった思い出があります。

 その後、普通はしない無駄な苦労を生かした接客によって、来店したお客さんを次々と苦しい?楽しい?スキーマラソンの世界に引き込んで行く事になります。 ふらっと立ち寄っただけなのに、話に乗せられてしまい、気が付くとスキーマラソンの道具を買わされ、大会のエントリー用紙を手に店を出るといった被害者が続出しました。(笑)

 大会参加は、この三年の経験を持って、成せば成るという事でテレマークスキーでの挑戦は一区切りとしました。その翌年からは次のステップとして普通のスキーマラソン用の道具を購入して参加するようになります。それでも、スキーは専用の高級品ですが、それに施すワックスを専用品ではなく、色付きのパーティーキャンドルや仏壇ロウソク、自動車の窓ガラス用の撥水コート剤などの安価な材料を工夫して滑走面処理を施しての大会参加でした。

 しかし、それぞれの工夫について新しい事が解って楽しいのですが、根本的なぶぶんとして高価な道具を使えば、ワックスなど全く無くたって大勢に影響は無く完走出来てしまいます。そんなことに若干のつまらなさを感じていた頃、大きな貰い事故に遭い身体が壊れて運動全般から遠ざかる事になります。

 度重なる手術と長いリハビリを経て事故より4年目に札幌国際スキーマラソンに復帰第一戦を挑みました。使った道具はスキーマラソン用の道具では無く、テレマークスキー用の道具でも無く、バックカントリースキーでの挑戦でした。それはコース途中に現れる急な下りを安全に通過するための選択です。ダメージを残した身体で完走を目指すために考えた作戦で無事完走できました。

 翌年スキーマラソン用の道具で札幌国際スキーマラソンに参加しますが、中間地点でリタイヤしてしました。また湧別85Kmスキーマラソンにも参加しましたが、遠軽町の手前60Km地点でリタイヤしてしまいました。残念ながらスケーティング走法が不向きな身体になってしまっていました。

 そんなことから効率優先のスケーティング走法から、遅くとも確実なクラシカル走法に切り変えて各大会に参加しようとしていたところで、現在の一本杖クラシカル走法に出会う事になりました。

 そこからの流れが 19)一本杖スキー 以降に続いていくことになります。 
第28回札幌国際スキーマラソン2008
2008年2月10日
競技種目・参加資格
スキーマラソン50Km(FIS国際スキー連盟認定競技会) 
1)健康な身体を有する19歳以上の人
2)スタート時から7時間(420分)以内に、全ての関門を通過し、ゴールする自信のある方。なお、31.5km地点の通過制限時間は4時間30分(270分)以内です。
スキーマラソン25km(FIS国際スキー連盟認定競技会)
1)健康な身体を有する16歳または高校生以上の方
2)スタート時から4時間30分(270分)以内に、全ての関門を通過し、ゴールする自信のある方。
歩くスキー10・5・3km
1)健康な身体を有する方(年齢制限なし)。
2)制限時間なし。
走行方法
フリーテクニック ただしスタート後のセパレートコース(20m)の区間はスケーティングを禁止します。
競技種目・参加人数
A)スキーマラソン 
 50km  男子698名 女子54名 合計757名
 25km 男子569名 女子84名 合計653名
b)歩くスキー
 10km 男子507名 女子130名 合計673名
 5km 男子214名 女子238名 合計452名
 3km  男子88名 女子74名 合計162名
総参加人数 2661名
大会パンフレットより抜粋
 札幌ドームの裏山を舞台に大会が開催されます。
裏山の成分は(北海道農業試験場、羊ヶ丘展望台、札幌オリンピック会場跡地、西岡水源地、焼山、白旗山、札幌台、月寒川上流域、厚別川上流域、白旗山競技場、自衛隊演習場)等自然が色濃い地域です。自衛隊の演習場など、通常は立ち入る事が出来ない場所も含まれています。
スキーマラソン50km競技のスタートライン後ろの選手集合場所の写真
1)
 スタート地点は全種目同じです。そこで混雑を避ける為に種目ごとにまとめて8:50から9:30までの時間差を付けてスタートします。

 さらにスキーマラソン競技部門では、参加者のレベル(過去の走行タイムや予想ゴール時間)によって、あらかじめゼッケン番号を割り振りしてしてあり、スム−ズなスタートが出来るように工夫がされています。

 それは優勝争いをするような人は前の方に並び、地道に完走を目指す人は後ろの方へ並ぶように、ある意味強制力をもってコントロールしているのです。 少々厳しいように感じるかもしれませんが、遅く走る人が前列にまぎれ込んでしまうと危険な混雑を招く事になってしまいます。そんな実態をふまえた対策なのです。

 写真は50Km競技の男子ゼッケン番号1301番以降、女子531番以降の選手が並ぶマイペース完走組みの場所です。
スタート地点通過の写真
2)
 まずは最長距離の50km競技よりスタートします。50km競技に限り、さらにスタートの安全策として第1スタートが8:50・第2スタートは9:00の二段階ウエーブスタート方式を採用しています。

 スタートから100mは事故防止のためスケーティング禁止区間になっていてコースカッターでトラック(2本溝)が刻まれています。その区間スケーティング走法の選手はストックのみで漕いで進みます。

 壇上のスターターは上田文雄札幌市長です。これは第二スタートの最後尾より撮影したスタートライン通過の写真です。
幅の広いコースを3列になって走る選手達の写真
3)
 スタートから3Km地点の写真です。スタート後ゆるい上りを進んでいく事で、各選手の力の差によって集団が前後に伸びて、スタート時のだんご状態が速やかに解消されていきます。

 この地点ではクラシカル走法のコース(2本溝)がついているのでスケーティング走法とクラシカル走法の分離がうまく出来ています。スケーティングをしている選手達も集団がばらけてきて適度な距離を保ち順調に走っています。

 スケーティング走法はスキーを開いて体軸を左右に振るようにして進むので、選手同士が接近しすぎると相手のストックをスキーで踏んでしまい絡んで転倒してしまう危険があります。 時間差スタートもウエーブスタートも一部スケーティング禁止の措置もすべては接触転倒事故を防ぐための工夫です。
急な登りコース上で先にスタートした50km競技の選手に25km競技の選手が追い付いてきている写真
4)
 この大会を20年間、遅い参加者の立場で見続けてきましたが、昔から決定的な問題点がありました。 それは50Km競技と25km競技のコースが途中まで同じであるという事に起因する一連の事象です。

 まず50Km競技スタートの20分後に25km競技の選手がスタートする所からそれは始まります。25km競技の先頭集団が50kmの最後尾集団に追いつき、追い抜きにかかります。

 先頭集団のエリート選手達は、優れた身体能力を持ち、右に左に上手に遅い選手を追い抜いていきます。彼らは全力を出すべき勝負処まで力を温存していて、混雑の中では決して無理はしないのです。

 ところがエリート選手では無く、完走マイペースの選手でも無いカテゴリーの選手達が追いついてくると危ない事が起こります。彼らの一部は遅い選手達を無理やり抜いていくのです。それによって接触転倒といった事故が発生してしまうのです。
森の中の急斜面コースで追い越しをかける25km競技の後続の選手を先に行かせるためにコース脇に避けている50km競技の選手の写真
5)
 この大会は札幌裏手の自然林を走るコースです。自然保護の観点から、ことさらコース幅を広げるような事はしていません。どちらかというとコースは狭いのです。

 基本的なルールとして、狭いコースで早い選手に追いつかれた場合は道を譲るというきまりがあります。また、早い選手は遅い選手に追いついた場合には声を掛けて安全に追い抜くというルールがあります。競技である以上ルールに従って走らねばなりません。

 しかし、声を掛けずに接触寸前の危ない抜き方をしたり、遅い選手のストックを踏んでバランスを崩した隙に抜いていったり、コースが狭くてうまく抜けなかったり、あるいは声を掛けられても道を譲らなかったり、走るのに必死で道を譲る余裕が無かったりと、

 レース中は皆が必死で我先にと急ぐ集団心理が働いている事もあり、冷静な判断がつかない参加者もいるのです。

 写真は画面中央の白ゼッケンの50km競技の選手がコース脇に避けて、集団で追い抜くピンクゼッケンの25km競技の選手をやりすごしている様子です。ここは急な登り坂です。 譲っている選手はスキーを開いて登る事が出来ずに通常の何倍もの体力を消耗させられています。

 それでもスキーを踏まれて転倒して道具を壊されてしまうリスクを考えると、ここはじっと我慢をする事が得策なのです。弱い選手は端に追いやられてかわいそうですが、これが仕方の無い実態です。

 ここはこの大会一番の難所でもあります。この急登を登り切ると、急なカーブのある危ない下りが出現するのです。急坂では距離を開けて一人ずつ通過しなければならずに、どうしても詰まってしまいます。

 ましてや誰かが急坂途中で転倒してコース上に倒れてしまうと、次の選手が通れません。転倒者が立ち上がってどけるまでコースが塞がります。

 そんな転倒者が転がっている所にもし次々と後続選手が滑り降りていったら大きな事故になってしまいます。スキーマラソン用の板にはエッジは無く、急に止まったり曲がったり出来ません。

 そんな事があってこの急な登り坂は大渋滞が発生する場所でした。坂の下から上まで二列になって完全に詰まって止まってしまうのです。びっしり先が詰まっているので、皆大人しく先が動くのを待って順番に、よちよち、進むしかないのです。

 しかし、そこに25Kmの選手が追いついてくると、完全に詰まっている大渋滞の中を無理やり踏み越えて進むような事態も発生していました。そうなると罵声や怒号が飛び交い、険悪な空気が漂います。 そんな状態に直面してこの大会から去っていった方も少なくありません。

 それでも、根本的な問題を抱えながらも大会運営側の工夫によって現在では極端に危険な状態や険悪な事態は発生しなくなりました。
晴天が作る木々の影が美しく映えるコースを走る選手の写真
6)
 スタートから12Km地点を過ぎたあたりで25Km競技コースが折り返しになって50Km競技コースと分岐します。

 ここでようやくピンクゼッケンの追撃から開放されます。それまでの常に後ろを気にする我慢の走りから、のびのびと大きなフォームでペースを上げて走り、遅れを取り戻します。 ゆっくりと周りの景色を楽しむ余裕も出てきます。

 しかし残りはまだ37Km以上もあります。しっかりペースを考えないと、遅くてタイムアウトになってしまうか、急ぎ過ぎて早々に体力を使い果たしてリタイヤしてしまうことになります。 50Km最後尾もまばらになり、他の選手に追いつくたびに、しばらく一緒に話をしながら走ったり、お互い励ましあいながら関門突破を目指します。

 スタート時に真横から照らしていた太陽が真上にきています。晴天の冬の一日、葉を落とした木々の影、森中の日時計が時間はまだあるだいじょうぶと励ましてくれます。
白旗山競技場へのコース入り口から全体を望んでいる写真
7)
 中間関門の白旗山競技場です。ここまで31.5Kmを4時間以内に通過する事が最初の目標になります。 しかしここに制限時間内に到達したとしてもあと半分走る力が残っていないとゴールまで辿りつけません。

 もし自信が無い時はここで自らリタイヤ宣告して専用の回送バスに乗ってゴールに戻る事も出来ます。私はかつて3回乗りました(笑) 残り18.5Kmを走り最終ゴールの制限時間はスタートから7時間の午後4時です。
穏やかな春の気配を感じる山部川沿いに伸びるコースの写真
8)
 白旗山を通過するとしばらく走りやすいコースになります。写真は山部川沿いの走りやすいコースです。厳冬期の2月ですが、川面に太陽がきらめき、すでに春の気配を漂わせています。

 普段は人など全く居ない場所なのに今朝から沢山の選手達が大挙して通っていたために、森の蝦夷リスは驚いてしまいコースを挟んで通行止め状態になっていました。選手がまばらになったところでコース脇の木々をちょろちょろしています。全てを雪に支配された寒々とした森の中にあって、懸命に生きる小さな姿を見ると感じ入るものがあります。
登りコースの真ん中に付けられた真新しいスノーモビルの走行跡の写真
9)
 今回は全コースの5分の1程度しかクラシカル用のコースが切られていませんでした。クラシカル走法にとってコースが切られていないと、とても走りにくく余計な体力を消耗してしまいます。

 さらに選手がまばらになってくると大会運営のためにスノーモビルがコース上を走るようになります。通常はコース脇の部分を慎重に走行するのが一般的ですが、今回はコース脇に限らず走りやすい中央部を走行していました。スノーモビルでコース上を走行すると車体の無限軌道でコース表面を細かく砕いてしまいます。

 それはスキーを前に滑らせる動作しかしないスケーティング走法では大きな影響はありませんが、クラシカル走法では交互に蹴り足スキーを後方に蹴り出すことで雪面を蹴って推進力を得るので、雪面が荒らされてていると、蹴り足スキーが雪面を捉える事が出来ずに空振りをするような状態になってしまうのです。

 そうなると極端にバランスを崩してしまい体力を消耗してしまいます。疲れが出てくる後半は余計にこたえます。今回はコースが切られていなかった事との合わせ技でクラシカル走法にとって厳しい後半戦になりました。
小高い丘を越えるコース上から札幌市内を見下ろしている写真
10)
 下り坂を気持ちよく滑走していると、選手が歩いていました。スキー板が坂の下のほうに転がっています。どうやら激しく転倒したようでした。しばらくして地元大学の学生さんが追いついてきました。少し並走して話をしました。彼は下りが苦手なようで思いっきり転倒してしまったようです。

 この先の給食所を過ぎた下りも途中で危ない所があるから慎重にね・・・と先行する学生の後ろからカメラを構えて下り坂を追いかけます。ここは札幌市街を見下ろす高台です。ここまで帰ってくればあとはゴールまでほぼ下り基本のコースです。

 狭いコースを我先にと他人を押し退け踏みつけ先を急ぐのも競技ゆえの正常なスキーマラソンの姿ですが、ゆったり景色を楽しみながら、お互いに励まし合いながら完走を目指すのもスキーマラソンの正常な姿だと思います。

 全ては一杯のビールを美味しく飲む為の汗だったりします。
日が傾いた終わりかけの青空にくっきり映える残り45kmを示す赤い文字の写真
11)
 残りあと5Kmこの坂を上り切って最後の給食所で一休みすると、ゴールが見えてきます。

 かつて札幌ドームが出来る前は、羊ヶ丘の展望台がスタートゴールになっていました。当時はようやく展望台に帰ってきたとおもいきやゴール直前で方向を変え、一旦現札幌ドーム方向におもいっきり下ったあと延々と展望台のゴールまで登らされるコースでした。それは最後の最後に足がつってしまうような、ちょっと意地悪なコースでした。

 それでも回を重ねるごとに大会の運営方針が明らかに参加者に良い方向に変わりました。札幌ドームも完成し、コースも良い方向に変わり、特に初心者が50Km完走にチャレンジしやすい良い大会に成長していると思います。
遠く銀色に光る札幌ドームに向けて美しい夕日に押されるように緩やかな斜面を滑走している写真
12)
 札幌ドームに帰ってきました。白樺の長い影を追いかけるようにゴールに向かって緩やかに滑走していきます。

 かつては、制限時間が刻々と迫るこの時間帯になっても走っている選手も少なくありませんでした。給食場で励まされ、コース係りの方々に励まされ、選手同士は一つの連帯感をもって皆で励まし合いながらゴールを目指したものです。

 しかしながら、以前のスタートの混雑が酷い状態の頃に参加して痛い目に遭い、この大会から離れていった方々も多いのです。かつてクロスカントリースキー販売の現場でお客さんから度々聞かされていた事柄でした。でも現在は様々な対策がされて格段に良い大会になっています。
オリンピック開催都市の市民スキー大会として
これからも盛り上がっていくように応援しています。 
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68)第28回札幌国際スキーマラソン
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