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*1938年(昭和13年) ウミガラス(オロロン鳥)は国の天然記念物に指定される。

*それと同時に天売島の海鳥繁殖地も国の天然記念物に指定される。

当時ウミガラスは4万羽も生息していたといわれています。
天売島におけるウミガラス生息数の推移
1963 1972 1977 1980 1981 1984
生息数 8000 1117 470 553 687 300
1985 1986 1987 1988 1989 1990
生息数 289 312 162 191 127 57
1991 1992 1993 1994 1995 2004
生息数 44 77 39 19 20 20
赤岩対崖のほぼ垂直な断崖にある1982年まで繁殖が確認されていた岩棚にて、1992年にデコイ(鳥模型)を30基設置してウミガラス誘致作戦を展開した結果、1994年に始めて繁殖を確認する事ができた。この年の赤岩対崖におけるウミガラスの生息数は6羽以上で、3ペアが繁殖して3羽の雛が巣立った。
1994年天売島におけるウミガラスの生息状況
場所 生息数 繁殖ペア数 巣立ち数 巣立ち率
屏風岩 0 0 0
カブト岩 0 0 0
古燈台B-1 4+ 2+ 2+ 100%
古燈台B-2 9+ 4 4 100%
赤岩対崖 6+ 3 3 100%
合計 19+ 9+ 9+ 100%
札幌中央図書館所蔵の資料より転記 
ウミガラス=環境省 絶滅危惧 1A 種
 「ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高い種」
 
断崖にせり出してい見晴らしの良い展望台の写真 1)これが天売島の西側断崖上に作られた赤岩展望台です。眼下に赤岩の望みます。周囲100m下の海面に浮かぶ海鳥をじっくり観察する事が出来ます。
階段の踏み板の隙間にまで造られたウトウの巣穴の写真 2)繁殖密度が超濃い「ウトウ」の巣穴が散策路の階段の中にまで作られていました。

一見条件が悪い巣穴のように思えますが、鳥を観察する人間が近くにいる事で、「ウミネコ」や「オオセグロカモメ」などの天敵が人を恐れて近寄らないので、いがいと安全性の高い巣穴かもしれません。
コバルトブルーの海を突き通す槍のように空に突き出している鋭い岩塊の写真 3)展望台から望む天売島のシンボル赤岩です。海面からそそり立つ高さ48mの岩塊です。かつてはこの岩でも数多くのオロロン鳥が繁殖していたといいます。

2009年はこの赤岩対崖に「オロロン鳥」の模型(デコイ)を設置して、スピーカーから録音された「オロロン鳥」の鳴き声を流して誘致を行っていました。

この時点(2009年7月初旬)での観察によると「オロロン鳥」二番(つがい)が繁殖している模様でした。

羽幌町の海鳥センターで得た情報を元に「50×7」の大型双眼鏡を使って周囲をくまなく探索した結果、赤岩下の海面に浮かんでいる「オロロン鳥」を三羽確認する事が出来ました。

三羽はそれぞれに周囲に潜っては魚を追っています。 
小さな岩塊に登ってウミウを追い払って翼を羽ばたかせているオロロン鳥の写真 4)赤岩の近くに顔を出している畳一枚程の小さな岩の上に「オロロン鳥」が直立姿勢で羽を休めています。仲良し二羽とちょっと離れて一羽の合計三羽の「オロロン鳥」=「ウミカラス」が、黒ゴマを撒いた程溢れている「ウミウ」達に混じって潜って餌を獲っています。

基本的に数に勝る「ウミウ」が岩を占領していますが、「オロロン鳥」が岩に飛び上がると、片っ端から「ウミウ」を蹴散らして岩を独占してしまいます。

そこに「オオセグロカモメ」が降り立つとこんどは「オロロン鳥」が海面に逃げ降ります。「オロロン鳥」の縄張り意識の強さと鳥達の力関係を観察する事ができました。

残念ながら対象が遠すぎて手持ちの機材では「オロロン鳥」の姿を撮影する事が出来ませんでした。 
夕日を背に天売島に戻ってくる無数のウトウの写真 5)天売島の日没です。

日没間際になると南西方向海上から「ウトウ」軍団の第一派が到着し始めます。短めの翼を忙しく羽ばたかせ、ツバメのような高速飛行で一直線に飛んで来ます。

島に戻った「ウトウ」は巣穴群の上空で断崖地形に沿わせるような大きな縦長の楕円軌道を描いて反時計回りに旋回を始めます。その数何千何万。夕闇迫る上空に巨大な「ウトウ」トルネードが巻き起こります。 
日が沈んで辺りが群青色に染まっていく空を埋め尽くす程のウトウの群れが飛び交っている写真 6)日が沈み、星がまたたく頃になると、南西の方角からおびただしい数の「ウトウ」が第二派、第三派と次々に黒い弾丸のように飛んできます。

「ウトウ」は上空で旋回を繰り返しながら、自分の巣穴を確認して、さらに暗くなるのを待って着陸するタイミングを計っているようです。 
ウトウの巣穴の周囲で待ち構えるウミネコ軍団の写真 7)巣穴周辺では、雛に与える為に魚を咥えて帰巣する「ウトウ」の魚を横取りしようと「ウミネコ」軍団が散開して待ち構えています。

第一派の「ウトウ」は魚を咥えている個体が少なく、第二派、第三派と、遅くなる程魚を咥えている率が高まります。

第一波の魚を持ち帰らなかった「ウトウ」は巣穴周囲で待ち構えて魚を持ち帰った「ウトウ」から餌を奪い取る作戦に出る者が多く見られました。 
月明かりの下で繰り広げられるウトウとウミネコの戦いに見入る観光客の写真 8)営巣地周囲では餌を持ち帰った「ウトウ」とその餌を狙うウミネコの熾烈な戦いが延々と続きます。

完全に暗闇に包まれてもなお、帰巣する「ウトウ」が途切れる事無く次々と飛んできます。暗いほうが敵に見つかりにくく、餌を奪われてしまう危険が減るようです。

「ウトウ」の夜の営巣地は、断続的に吹き鳴らす「草笛」を低くしたような親鳥の鳴き声と、それに答えるようにヒヨコの声をソプラノに振ったような高音系の雛の鳴き声が交互して、暗闇の底に充満しています。

それは全校生徒1000人を体育館にびっしり座らせて暗幕を引いて暗闇にした上で一斉に草笛を吹かせたような、腹に響く地鳴りのような命の証しに包まれる一夜でした。 
トイレに迷い込んで困っているウトウの写真 9)夜中に展望台のトイレに行くと「ウトウ」が迷い込んでいました。おだやかに話しかけながら回り込んで外に逃がしました。その時に一枚だけ写真を撮らせてもらいました。
夜明け前の薄明かりの中で飛び立つ瞬間を待っているウトウ達の写真 10)暗闇が白み始めると「ウトウ」達がシルエットになって浮かびあがります。
一面ウトウで覆われている巣穴の斜面の写真 11)おびただし数の巣穴からおびただしい数の「ウトウ」達が飛び立つタイミングを計っています。
赤岩展望台の上から見た海鳥繁殖地の半数ほどウトウが残っている写真 12)夜明けと共に「ウトウ」達は一斉に飛び立ち始めます。帰巣の時と同じく、断崖地形に合わせるように楕円軌道で周囲を周回しながら、徐々に大きな集団となって南西の方向に餌を求めて飛び去っていきました。
赤岩展望台の上から見た海鳥繁殖地の僅かにウトウが残っている写真 13)夜明けから数分のうちに殆どの「ウトウ」が飛び去っていきました。
オオセグロカモメに食べられているウトウの雛の写真 14)「ウトウ」が飛び去った後に、「ウトウ」の雛の亡骸が「オオセグロカモメ」に啄(つい)ばまれていました。

通常「ウトウ」の雛は日が落ちて親鳥が餌を持って帰って来るまで、巣穴の奥でじっと待っていますが、この巣は両親ともに何らかのアクシデントに遭い帰って来なかったのかもしれません。

夜が明けてもついに帰って来なかった親鳥に絶望して空腹に耐えかねて巣穴の外に出てしまったのかもしれません。オオセグロカモメはそんな飢えた雛の叫びが判るのか巣穴の前でじっと待ちかまえていました。

小さな亡骸はつつかれながら力無く斜面を転がり落ちていきます。くたくたと転がる柔らかすぎる雛に嘴(くちばし)がなかなか刺さりません。「オオセグロカモメ」は首の部分を突ついて食い千切ると大口を開けて、目を白黒させながらピンポン玉程の雛の頭を丸呑みにして飛び去っていきました。

そこには頭の無い雛の亡骸がぽつんと取り残されました。

しばらくすると別の「オオセグロカモメ」がやってきて亡骸をつつき始めました。それはこの近くで営巣している番(つがい)の一羽でした。巣には産毛の雛が二羽いて交代で餌を与えています。

小さな亡骸はやがて魚の開きのような状態になっていきました。生きるために食べるという自然の摂理です。「ウトウ」の雛も沢山の小魚の命をもらって大きくなりました。一つの命の終わりが次の命に繋がっていく命のリレーの瞬間です。
ウミウに混ざって魚を獲っているオロロン鳥の写真  15)眼下の岩ではオロロン鳥が餌を獲っていました。「オロロン鳥」も「ウトウ」も「オオセグロカモメ」も「ケイマフリ」も「ウミネコ」も自然の摂理に従って、この島で命を繋いでいます。

その後の観察で、岩場で営巣していた三組のオロロン鳥の番(つがい)の雛も全て「オオセグロカモメ」に食べられてしまったようです。それは2009年のオロロン鳥の繁殖数がゼロになったという事です。

島に数万羽いる「ウトウ」の雛も島に数羽しかいない「オロロン鳥」の雛も「オオセグロカモメ」には区別がありません。本来「オロロン鳥」は狭い岩棚に足の踏み場も無い程の過密な集団で営巣する事で天敵を防いでいました。しかし生息数が減り、集団の防衛力を失ってしまいました。

かつて数万羽いたオロロン鳥が数羽まで減った原因は主に漁業活動によるものと考えられています。泳ぎの得意なオロロン鳥は海に潜って魚を獲りますが、その時魚と一緒に魚網に掛かってしまうのです。

本来魚網は小魚を追う大きな魚を捕まえるのが目的で仕掛けられます。その時、小魚は逃がして大きな魚は引っかかる荒い網目の魚網を使って目的の大きな魚だけを捕まえます。しかし、その時に同じ小魚を追いかけて泳いでいる「オロロン鳥」も一緒に捕まえてしまうのです。このように目的の魚以外の生き物を捕まえてしまう事を混獲といいます。

目的の魚以外の混獲されたものは特に商品価値が無い限りその場で廃棄されてしまいます。数万羽のオロロン鳥もそのような運命を辿ったと考えられています。

かつて繁殖のためにやって来る鰊(ニシン)を獲り尽くしてしまったように、繁殖のために集ってくるオロロン鳥も混獲によって獲り尽くしてしまったようです。 
天売島の海岸に座礁している漁船の写真 16)鰊(にしん) = 鯡(にしん)魚に非ずと書いて「にしん」と読む、かつて米が作れなかった北海道では、米の変わりに鰊を獲って石高とした経緯があります。

当時は資源保護などという考えはありません。産卵のためにやってくる鰊を、食べる為では無く、終には畑に撒くために根こそぎ獲り尽くしてしまいました。

日本人の基本、ご飯と味噌汁とお魚、どれが欠けても困ります。将来に向けて継続的に海の恵みをいただける仕組みを考える事が今こそ求められていると思います。

自然と共に生きる事、人間は逆立ちしても自然の力には逆らえません。そんな事を考えながら天売島を探検していたら、まだ新しい難破船を見つけました。この島で生きていく事の厳しさを訴えているように感じました。
「オオウミカラス」=絶滅種
オロロン鳥は正式名を「ウミガラス」といいますが、かつてその仲間に「オオウミガラス」という種族がいました。字の通りウミガラスを大きくしたような海鳥です。泳ぎは得意ですが、とても太っていて飛ぶ事が出来ず、陸上はヨチヨチ歩きです。そんな容姿から船乗りの間で「太っちょ」という意味の「ペンギン」と呼ばれてたようです。

 ペンギンは人を恐れず飛べなかったたため、誰でも簡単に捕まえる事ができたようです。その肉は食べて美味しく、羽毛は珍重された事から乱獲が始まり、世界に数百万羽はいたと推定される「オオウミカラス」は今から150年程前に人間の手により地球上から絶滅させられてしまいました。

天売島のオロロン鳥をこのまま絶滅させてしまうのか?大きな分岐点に差し掛かっています。
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