1~9) 5月14日~5月22日
5月14日(土) 23時59分苫小牧港発7時30分八戸港着 川崎近海汽船シルバーフェリー乗船
5月15日(日) 「ベアレンビアフェスタin野田村」 東日本大震災復興応援イベント 11時から愛宕神社参道会場で村の特産品食べてビール飲んで明るいうちに車中泊
5月16日(月) 未明3時移動開始「災害派遣等従事車両証明書」を使って高速無料通行で日本縦断一気走り

証明書は片道一枚(八戸IC~益城熊本空港IC)で一筆書き約1800km、もしルートミスをすると証明書は無効になり全て(約3万5千円)現金通行になる。
見知らぬ土地でボランティア依頼者宅を探索したり、他のボランティアを同乗させる事もあり、最新のカーナビとドライブレコーダーを装備した。
    
  この日の目標は約半分900km先の愛知県刈谷パーキング

残雪の東北から沿道の田んぼに季節を映しつつ一気に時間を巻き上げて初夏の刈谷SAに夜到着

SAの温泉施設が休みで残念な車中泊、都市部の渋滞の凄さもあり即暴睡

反省点として、単純に1800kmを二分割で車中泊するのではなく、都市部の渋滞をかわす為に分割して仮眠をとる等して時間を有効に使ったうほうが良い
 5月17日(火) AM4時20分刈谷SAスタート、まるでトラックが流れる狭い排水溝に迷い込んだ小魚な感じ

車間距離を詰めたトラックの後面(幅2.5m高さ3.8m)の壁に追従する走りになる。道路案内表示板は直前(20m)まで見えない、車間を空けても直ぐ割り込まれる、最新のナビゲーションが無ければ無事の通過は困難だった。

途中分岐直前のICに迷い込み間違って途中下車、料金所で事情を説明すると通行券に「特別転回」のハンコを押されて再び高速に戻る事ができた。料金所で特別転回マニュアルのような手順道順のパンフレットを受け取りIC周辺の道路を一回りして高速に戻った、よくある事らしい?

熊本手前で電光掲示板に地震の影響で速度規制されている、路面もゆがんでいて所々段差を修復した痕跡が目に付くようになる。最後は復旧工事の為片側一車線の50km規制の渋滞、16時50分「益城熊本空港IC」到着。

IC近くの入浴施設「一休の湯」で入浴、併設レストランで食事、再び高速道路に上がり直近の詫間PAにて車中泊
 5月18日(水) AM6時詫間PA出発、AM8時03分熊本市VC_P(ボランティアセンタ-駐車場)着、AM9時熊本市VC(ボラセン)受付、実際には8時前から多数並んでいる。(熊本VC本部受付397名)

熊本市VC 震災ボランティア活動の流れ
0)受付時間前から行列に並んで待つ(30分~1時間前)
1)受付(新規と継続に分けて) 2)オリエンテーション(新規と継続に分けて) 3)個別案件発表(新規と継続混合)(活動場所、内容、必要人員等) 4)活動希望者挙手 5)チーム編成(リーダー、サブリーダー) 6)必要資材準備 7)活動現場まで移動 8)活動実施 9)撤収帰還 10)資材返却 11)活動報告 12)終了解散

オリエンテーション内容

*上記ボランティア活動全体の流れについて
*余震が続く被災地の活動である自覚、参加者自身の安全確保について(震度4以上の余震があった場合は活動を中止してセンターに帰還する等)
*被災者に対する配慮、心構え、留意点、
 ア)リーダーを中心とした団体行動であり勝手な個人行動をしない
 イ)現場での予定に無い活動依頼があった際、危険が伴う場合は安易に引き受けずVC本部に確認を取る
 ウ)謙虚に振舞い勝手に被災現場の写真を撮ったり騒いだりしない
 エ)室内の片付け等で瓦礫やゴミと財物、思い出の品等の判断は慎重に行う、不確実な場合は確認を
 オ)善意の小額であっても対価は決して受け取らない、お菓子やジュースはありがたくいただく、等

自分が行った活動内容
1)依頼者 熊本市西区個人宅、年配夫婦二人暮らし
2)依頼内容 倒壊ブロック塀撤去等
3)募集人員 男3名 女2名
4)移動手段 市営バス

必要資材(大ハンマー、小ハンマー、バール、バケツ、雑巾、土嚢袋、ほうきチリトリ、テミ)を参加者で手分けして持ちVC前よりバス移動約40分(ボランティア証明書を提示すると料金無料)

バス停より徒歩で以来者宅を捜索訪問(約15分)、現場確認、ブロック塀が倒れている隣家屋へボランティア活動の挨拶をして活動開始、

倒壊ブロックは土地境界線上の4段積みのうち上部2段28列が隣接家屋側に倒壊、鉄筋は細く4列間隔で入っているも抜けている部分もあり腐食が激しい、使用コンクリートも少なく壊しやすい、

繋がったままのブロックを大ハンマーで分解し、小ハンマーで砕き、土嚢袋に詰めて近くの瓦礫集積場所まで150m運搬、途中から近所より一輪車を借用することに成功し作業性改善

女性二名が依頼者の家屋内状況を確認すると一階居住部分は概ね方付いているも、二階部分はタンスが倒れ扉が開かない等放置されている事が判明

女2名男1名を屋内班に投入、屋外班は2名で作業続行、一輪車を調達できた事が大きい、

屋外完了後全員で屋内作業、ガラスの欠片等危険物を徹底除去して作業完了、継続作業無し、撤収、バスにてCV帰還、完了報告後解散、

活動所感等

女性一名は熊本市内の方で自身も被災者「うちはまだ被害が少なかったから」とボランティアに参加「御船町」の情報をいただく。もう一人女性は天草の方、直接の地震被害は無いも車の渋滞が凄く困っているよう、他の男性も九州の方、

熊本地方の方は気質として「困っている事があっても安易に助けを求めない」ところがあるらしく、「ひごもっこす」というらしい、

ボランティアを依頼するお宅はすべからく室内ぐちゃぐちゃになっていた訳で、ボランティアに入る際はさりげなくその生活状況を確認し、必要なら片付けを提案していく、「ひごもっこす」には積極的「おせっかい」を行う技が必要

「おせっかい」を行うには「熊本弁を話す地元のおばちゃん」が役に立つのよとのお話(笑)
グランメッセで車中泊をしながらボランティアをしているとの自分の状態を聞き、自宅に泊めてあげられないのが心苦しいと話された

しかし自分の車は車中泊を前提に設計されているアウトドアレジャー用なので快適であり、しかも帰る家の有る期間限定の車中泊は何の苦でもありません

被災者の気持ちとして「自分の困り事を無償でボランティアに解決してもらう」ということに慣れていない、その感覚が理解できないらしい。
*そんな事態に慣れている人のほうが珍しいか?

入浴施設「湯ラックス」はボランティア標提示で無料で入浴させてもらえる。宿泊も格安のボランティア料金がある。このような社会活動を支援してくれる企業は応援したい。感謝!

21時27分 情報を得て「グランメッセ熊本」駐車場で車中泊、広大な駐車場も地震直後は避難者の車で溢れたらしい、いまだ避難者多数、車中泊やテント泊をしている。またキャンプ用テントの貸し出しも行われている

熊本VCは いち早く全国募集を開始、公共交通の便も良く多数のボランティア参加者が集中、需要と供給のバランスが崩れ、ボランティア希望者を断る状態になっていた。

ボラ受付時間前に先着順に所定の整列待機場所に整列し、当日の必要人員数に達した時点で受付を締め切る対応をしている

*ボランティア希望者は全体的に軽装が目立つ
 5月19日(木) AM5時37分「グランメッセ熊本」発
AM6時55分益城町VC駐車場着(ニーズ51件、活動437名)

グランメッセから益城町VCまで車15分、早く着き過ぎないよう途中時間調整
(益城町VCは農機具メーカー「井関農機」の好意により敷地を借用しておりVC運営時間外の立ち入りは出来ない)

益城町VCは公共交通機関で行く事が難しい場所にあり、ほとんどの参加者が自家用車移動、そのため駐車場に集まった車の台数でおおむね人数が把握できる。運営スタッフが朝から人数を数え定員になったらVC入り口看板に「本日受け付け終了」のインフォメーションを掲げ受付前の混乱を防いでいた

益城町VC活動の流れ (インフォメーション含め基本的に熊本市VCと同じ)参加者層は継続ボラ多し、服装、装備もしっかりしており経験者が多い、活動内容も震災ボラらしい重労働が主

1)受付(新規と継続に分けて) 2)インフォメーション(新規と継続に分けて)3)個別案件発表(新規と継続混合)(活動場所、内容、必要人員等) 4)活動希望者挙手 5)チーム編成(リーダー、サブリーダー) 6)必要資材準備 7)活動現場まで移動 8)活動実施 9)撤収帰還 10)資材返却 11)活動報告 12)終了解散

自分が行った活動内容
1)依頼者 益城町内個人宅
2)依頼内容 ブロック塀解体撤去、落下屋根瓦撤去等
3)募集人員 男6名 女2名 後に現場にて応援部隊5名追加合流
4)移動手段 参加者自家用車に分乗 VCより約20分 帰りは渋滞により40分

必要資材(一輪車、大ハンマー2、小ハンマー、大バール2、ボルトクリッパー、テミ、バケツ、雑巾、土嚢袋、ほうきチリトリ、飲料水、等)をVCの軽トラック一台に積み込み運搬

VCより各自家用車3台に分乗+軽トラックで出発約20分依頼者宅到着

傾斜地に立地する個人宅、被害は大きいも倒壊は免れ部分損壊、ボランティア継続作業前回は落下屋根瓦の撤去等、今回の作業は道路に面した土地境界線上にある擁壁ブロックの損壊部分撤去と土留め対策の雨避けブルーシート養生、道路面と土地表面の落差は1m~2.5mで長さは約20m、

擁壁ブロックは鉄筋で連結されており不完全な形で倒壊している、大ハンマーで叩き割りボルトクリッパーで切断して少しずつ撤去、土嚢袋に詰めて敷地内の一時保管場所に積み上げる。

落下屋根瓦、倒壊壁等他の撤去物を合わせて2トンダンプ1台分の物量、
撤去後、依頼者があらかじめ用意していたブルーシートで養生、取り除いたコンクリートブロックを紐で縛り錘に使う

益城町の被害は甚大、VCから移動の際壊滅的な地区を通る、しかし同じ地区でも被害状況は均一ではない、川一本越えると明らかに状況が違う。

益城VCでは活動資材として鉄筋切断用のボルトクリッパーを使わせていた。今回の案件はそれが無いと困る現場

湯ラックス後グランメッセ車中泊 21時50分
*益城町は壊滅的な被害を受けていた

益城町中心部 一階が潰れた家々と挟まれたキャンピングカー
 5月20日(金) AM6時10分「グランメッセ熊本」発
AM7時33分御船町VC着(ニーズ25件 150名募集 活動137名)

御船町VCは中心街から少し離れた町営温泉施設に向かう坂道の途中にある。ボランティア活動の流れはほぼ他のVCと同じ、ボラ常連さんがうまく機能するアットホームな空気

ニーズ御船町内個人宅の瓦礫撤去作業全般、(重労働)男15名 それぞれ乗用車に分乗、関東よりキャンピングカー滞在で活動している方の運転する2トンダンプに同乗させてもらう。

作業中6~7名追加合流、総勢20名超えで作業、落下屋根瓦、散乱窓ガラス撤去、倒壊ブロック塀撤去、それぞれ分類して2トンダンプにバラ積み、集積場まで運搬、2トンダンプ3往復で午前中に終了する、継続作業無し、VCに戻り解散

熊本市内と御船町の間は車の移動には時間を要す

湯ラックス後グランメッセ車中泊 20時38分
 5月21日(土) AM5時27分「グランメッセ熊本」発
AM7時22分西原村VC着 190名活動

ボラ活動の流れは他VCとほぼ同じ
相違点は最初に通常ボランティアとサテライトで作業する「農業支援ボランティア」の募集を行う点

農業支援ボラは最初に希望者を募り分離されマイクロバスに乗せられて活動場所に直行していた。これは災害ボランティアではなく通常の農業支援活動で地域への定住を視野に行っている印象を受ける(未確認)

村内解体予定の個人宅瓦礫片付けに参加、10人乗りワイドハイエースと乗用車、資材を積んだ軽トラックに分乗して現場へ、 西原村も壊滅的な被害を受けている地区がある。村内は断層が地表に露出しており斜面や崖が崩れ動いた痕跡が目視できる、地表のずれやゆがみも激しく斜面の擁壁、道路、家屋の損壊も著しい、再び住めるようになるのか?不明という現状、

村内個人宅 解体予定全壊家屋の瓦礫分別搬出
地元菓子屋店主自宅 良い立地の堅牢な作りの住宅は倒壊を免れたものの地盤がゆがみ修復不能で解体することに、一見まっすぐに立っているように見えても良く見ると大柱の根元が僅かにずれている。窓ガラスや障子が全て破れている、

強固な家屋でも路盤が崩壊すればひとたまりもない、基礎の一部が沈み込んで床がたわんでいた。地域の状況や遠くに見える山肌の崩壊等まで、依頼主が説明してくださる

家屋内外の瓦礫を分別して敷地内に集め、軽トラックに積んで村内集積場まで運搬する作業、分別が細かく徹底している。

多量の震災瓦礫は小さな自治体では処理不能、近隣市町村へ受託するしかない、しかしリサイクル法の絡みも有り、村内の集積場に集め細かく分類集積し、再びそれぞれの受け入れ施設に搬出するという二重の手間が必要になる。

分類は細かく
屋根瓦は1)陶器製 2)コンクリート製 3)その他材質 コンクリートブロックは内部鉄筋を除去 ガラス類も着色や補強線材の有無 壁等の建材も多岐に分類される 同時に震災ゴミの分類も多岐に渡り 家財道具、家具、家電もそれぞれ細分され主に金属類を分離回収する、テレビに至ってはメーカーごとに分類していた(熊本市VCニーズ)

家主によると自社工場も被災し主力菓子の製造が出来ない状態にあり鋭意復旧中との事、来月には生産開始したいとの話に札幌に帰る時寄ってお土産にします

一件目終了で別班の増員加勢に回る、潰れた納屋の屋根瓦撤去、木材撤去作業を行い終了

軽装ボランティアは少ない印象も一名屋内作業で釘を踏み抜いていた

活動終了後に神園山荘温泉入浴、地震による被害で一部浴槽が使用出来ない状態

20時30分グランメッセ車中泊
  1)熊本市VC
2)益城町VC
3)御船町VC
4)西原村VC
以上4箇所で活動してみて
1)熊本市VCで継続的活動を行う事にしました
 5月22日(日) AM5時26分「グランメッセ熊本」発
AM7時02分熊本VC着 初車両提供ボラ

活動内容
1)依頼者 熊本市北区清水本町個人宅、独居高齢者
2)依頼内容 屋外片付け等継続作業につき現場で指示を受ける
3)募集人員 男2名
4)移動手段 自家用車

必要資材(小ハンマー、バール、バケツ、雑巾、ほうきチリトリ、テミ、土嚢袋等、熱中症対策品、飲料水、塩飴、等)

*後席積載状態のまま助手席のみ使用「二名乗車+資材」で車両提供する。

10時25分ボラセンP発  10時55分現場着 
昨日より継続作業 男2 瓦片付け、土嚢20袋、崩壊テレビアンテナ撤去 石灯篭組み立て等

高齢独居男性、最初の挨拶で開口一番から7年前に亡くした奥さんについて話しはじめる、快活な自慢の奥さんだったもよう。

作業は軽く早めに終了、もう一名の若者ボランティアと共に依頼者宅に招かれお茶を頂きお話を伺う、趣味のカメラ、ポータブルオーディオを聞かせてもらい当時の技術力に感心する。

とめどない話を聞かせてしまい申し訳ないとの依頼者に、僕らは是非お聞かせ下さいと伺う姿勢、
戦時中の話になり自宅から長崎原爆の原子雲が見えた話を伺う

子供の頃近所で遊んでいた時に、落下傘が見えると友達が言う方を見ると遠くに傘状の物が見えた。しかし「あんな大きな落下傘があるわけ無か!」と子供ながらに異常を感じたという

その傘の下では恐ろしい惨劇が起こっていたはずだ、知らずに遊んでいた子供、知らずに一瞬で死んでいった子供、知らずに熱線を浴びケロイド火傷の痛みに苦しみながら死んでいった子供、知らずに放射線を浴び体内からじわじわ死んでいった子供、遊んでいた場所によって運命が分かれた。

身近な話に衝撃を受けた。
瓦礫の片付けも心の片付けも手伝うのが震災ボランティア。実はボランティアする側が貴重な経験やお話を聞かせてもらっている。

14時09分現場発 14時37分VC_P着
15時45分VC_P発 湯ラックス 19時39分グランメッセ車中泊

*夜グランメッセPテントの避難者家族の子供たちが街灯の下で遊んでいた。ここから会社通いをしている方も存在するもよう(毎朝決まった時間に出て行く車あり)

活動詳細

>1)~9) 5月14日~5月22日

10)~19) 5月23日~6月1日

20)~29) 6月2日~6月11日

30)~35) 6月12日~6月17日

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