・・・と、いう訳で日本一周してきました。
 日本全国で難病と戦う患者と家族の方々を激励するために、マラソンで走って日本一周しようする人がいる、それをサポートしてもらえないだろうか?」
 と、言う話が自分の所に回ってきたのは、1998年夏のことでした。
 日本一周を走り切ろうとする、そのランナー澤本さんとは以前小冊子の表紙を作る仕事で一度だけ御一緒した事がありました。今回もその時の共通の知人の紹介によるものでした。澤本さんはポスター製作などの仕事を通じ、北海道難病連とつながりがありその中で自分が出来る事で患者さんを励ましたいとの思いから、日本一周走り繋ぐ決意をしたといいます。
 
 直接会って話をお聞きした際に、なみなみならぬ気力を感じました。よくありがちな、実際にはマスコミや人々の見ている所だけを走ってアピールし、それ以外のほとんどが車での移動というような、形だけ見た目だけ繕うようなそんなものではまったく無く、50過ぎの小柄なおじさんが雨の日も、風の日も、毎日毎日休み無く50kmも60kmも、時には80kmもの距離を走り通して、全ての工程約6000kmを自分の二本の足を使って一人で日本一周走り切ろうとしている。
 

 「無理だろう?と、誰しもが思う事に対して、絶対的な困難に立ち向かうことで、希望に向う勇気、あきらめない姿勢を、具体的行動で示そうとしている。必ず走り切って、困難を克服出来る可能性を現実に見せることで、困難な病気で苦しむ人達を励まそうとしている・・・ 
 

 澤本さんから直接話を聞いてみて、真剣には真剣を、誠実には誠実を、自分の心に従って、サポートをさせてもらうことにしました。 私は以前、自転車とバイクで、それぞれ日本列島の端で折り返す野宿旅をした経験から、そこを走って旅をするとなると、相当な危険を伴うことは具体的に予測がついていました。 人は必ず間違いをするものです。その中でいかに安全確保をしていくか?  ・・・・・たいへんなことを引き受けたものでした。
 
 バイク事故で重症を負い、手術後のリハビリに励む日々を送っていた自分にとって、事故の怖さは体に刻まれていました。事故そのものは、見通しの利かないカーブで反対車線側を走行するという無謀運転をしていた乗用車に正面衝突させられた、乗用車10割過失の悪質な事故でしたが、どちらが何割悪いのか?とか、こちらは交通ルールを守っていました。などと、騒いだところで後の祭りで、最終的には「体が壊れた方が負け」になります。
 
 交通法規を守るということは当然として、それ以前に、自分の身の安全を守る事を常に実践していないと、一瞬のミスによって人生が変わってしまう、あるいは終了してしまうというとう事で、事故に絡む誰がミスを犯しても結果は同じです。
 
 路肩を、止まっているような速度で走っているところを、前方不注意の車に後ろからひき潰されてしまっては、元も子もありません。 実際は、相手のミスもかわしていく位の心構えで事にあたっていました。 そのため状況によっては、のんびりとしたスピードに似つかわしくない、鋭い警戒オーラを発していたようで、近寄りがたいものがあったと後で聞きました。
 
 マラソン計画当時、事故で壊れた私の身体は、幾度かの手術と長期間の地道なリハビリによって、ようやく使える身体に戻ってきつつあり、引き換えに長年好きで勤めた職を失い、終わりの無い休暇に入っていました。 まる4ヶ月間日本一周全てサポート出来る条件は、そろっていました。
 
 自分が不慮の交通事故に逢い、多くの人の助けを受けて回復してきた経験から、今度は逆に自分が人を支援する立場になってみたい、などという思いを見透かされたかのように、そのチャンスが巡って来ました。
 
 サポート隊として日本一周の旅に同行する事が決まり、最初に考えた事は、1500ccの大型バイクの背もたれ付き後部座席を改造して、車椅子で移動可能な状態の患者さんを、各地で道路条件の良い区間を選んで所々バイクに乗せて伴走して、一緒に走る風を経験させてあげたい、などという事を考えて、特殊な車椅子を扱う会社の人に話を聞きにいったりしたものでした。
 
 しかし、北海道難病センターの存在を知り、そこに行くようになって、難病という状態について、多少なりとも知識がついてくると、患者さんをバイクに乗せて、伴走して走るなどという考えは、絵に書いた餅のような話で、現実的では無いという事が分かり、加えて、マラソンのスケジュール自体が、非常に厳しくハードでそのような余裕などまるで無いという事もはっきりと分かってきました。 本来、一番応援されるべき立場の厳しい状態の患者さんというのは、とてもじゃ無いけど、外に出る事など出来ない状態にあるという現実を認識しました。
 
 そこで無い知恵絞って考えたのが、インターネットという道具を使って寝たきりの状態の患者さんにも日本一周の臨場感を伝えることが出来ないだろうか?ということでした。(電卓ぐらいしか持っていなかった当時の私には、本当に無い知恵でした。(笑))
 
 初めは移動しながら携帯電話で、マラソンのライブ映像の中継をするぐらいの勢いで、考えていましたが、実際には技術的な問題や、資金の問題などで、最終的には、「フロッピーディスクで、郵送する」という方法で、データ送信する事になりました。 スポンサー獲得に失敗した結果、自らの持ち出しで出来る事には、おのずと限界がありました。
 
 当時、マラソン主催本体の方でもホームページの作成は、ほぼ決まっていました、が、技術的問題と、根本的に余裕が無く、記録係が同行できなくなった時点で、旅の報告は全てが終わってから記録集として出せば良いので、マラソン実行部隊としては、「完走すること」のみの一点に全てを集中するべきである。という正論が根強く、
 
 また、「スムーズなスケジュールの消化」及び、「ランナーに少しでも余計な負担をかけないようにして欲しい」と、各地域にお願いしてあるてまえ、積極的な地域と、あまりそうではない地域の格差が、リアルタイムに流れては、その後の通過地域の動向にダイレクトに影響を与えてしまうのではないかという懸念がありました。
 
 平たく言えば「ライバル心」を煽る、というか、あるいは、善意に地域なりに協力しあって歓迎行事を組むなどして、盛り上げてくれている処に、「負担になる事は極力控えて欲しい」との要請を出し、せっかく盛り上げてもらっている所を、無理に取り下げてもらっている処と、そうではない処との違いが浮き彫りになるようなことがあれば、この企画の本質から外れてしまう。
 
 日本一周マラソンは、「地域の力を一つにまとめて行く事」が、目的であり、地域に溝を作るような事をしに行くのではない。というような難しい問題が有り、簡単に考えて進めるわけには行かない事情がありました。
 
 そんな中での見切りスタートとなった初期の頃、マラソン本体のホームページは文章も写真も私のものです。睡眠時間の結晶です。 しかしながらパソコンに始めて触れる複数人が、適当に操作していたものですから、トラブル続出は必死でした。その後、厳しい状況の中を進んで行くうちにマラソン本体での話し合いで、「走ることに全てを集中する」という結論に達し、中断する事になります。
 
 具体的に中断するに至る経緯や、「伴走ライダー」ホームページのコンセプト軌道修正等については書き記す事は出来ませんが、止むを得ぬ事情がありました。伴走ライダーのホームページに関しては、自分のリスクの範囲で継続し、公式ホームページもその後の状況の変化で再開し、文章はディレクターの伊藤さんが直接紙に書いて、私が撮ったデジタル画像と共に、速達郵便で送るという方法で、ホームページの製作元にデータ通信していました。
 
 マラソン公式ホームページは、県庁訪問など、はずせない重要な部分を中心に発信して、
伴走ライダーのホームページは、準備段階から進めてきた自分なりのコンセプトで、誰でも楽しめるホームページを目指して自分のリスクの範囲で、デジタル写真を撮り、文章を書き、日々旅のデータを作っていました。
 
 ・・・と、言うのが実は建前で、むしろ自分が楽しむために作っていたかもしれません。(作ると言っても、実際には写真とつたない文章を送るだけで、札幌のバックアップしてくれている会社の方が形にしてくれていました。(多謝!))
 
 障害をもった人や、外を出歩く事があまり出来ない難病患者の方々は、きっとこれを見た事が無いに違いない。あるいは見て見たいだろう、などというこちら側から見た、特別な考え方によるものでは無く、ただ単純に自分の興味のままにシャッターを切っていました。中には特別なメッセージがこめられたものもありますが、それはごくまれです。
 
 初めは、マラソンに参加出来ないような、弱い立場の人達の為に健康な自分が代わって見聞きしたことを伝えてあげたいなどという考えもありました。
 
 しかし旅を続けて、様々な人々に出会っていくうちに、弱い立場にある人というのは、社会的に強い立場では無いというだけで、全般に弱いというイメージを持っていたのは、まったくの間違いで、特に心、精神に関しては、普通の人間よりはるかに強く、やさしく、すばらしいものを持っている人が多い事が分かってくると、自然に肩の力が抜けていきました。
 
 特別へりくだる訳でも、優位に構える訳でもなく、ごく普通に気持ちを向ければいい。自分の感性に共感してくれる、あるいは、しない、は人それぞれなわけですから、特別なものでは無く、少なくとも、インターネット上ではまったくの対等ですから。変に気を回して何かをして楽しんでもらおうとしても不自然な無理が出てくるように思いました。
 
 ・・・と、いうわけで、自由な(偏った?)視点から撮り集めてきた記録です。自分が楽しんで、それを見たあなたも楽しい気分になってもらえたら、それで、「OK」!
 
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