ミスターバイク誌3月号掲載記事
「がんばれ難病患者日本一周激励マラソン」サポート裏話

 昨年の7月25日〜11月29日にかけて行われた、難病患者への支援を訴えて行われた、このマラソン、一人のマラソンランナーを支え続けたスタッフの苦労は意外なところにあった!

外気温4度で、エンジンは溶けた!!


 自分の所に出動依頼が廻ってきた時には、サポートは、ドライバー、ライダー、トレーナー、ルポライター、という総勢4人体制の予定。しかしトレーナーとルポライターの参加が不可能になり、僕がそれを兼ねることになりました。そして主催者サイドの情報発信。ライダー真吾の情報発信と、一気に一台4役という台所のガスレンジのような状態に、ちなみに私パソコンなど触った事も無し、マッサージの経験もありませんでした。


 伴走バイクの選択は、苦渋の選択でした。バイク本来の使い方から大きく外れた、特殊で過酷な使用条件からして、アフリカツイン以外に無いという結論は、早い時期から出ていたんですが、ディレクターとして一緒に旅をする、難病患者でもある事務局長は、50歳にして免許をとった遅咲きのバイク乗り。条件のいいところではランナーと一緒に花を持たせてあげたいとの思いがありました。


 しかし中型に限定されると該当車種がありません。かろうじてKLX250が候補に上がったものの雨風強い中で、時速一桁台で伴走する中、すれすれを抜いていく大型車の巻き起こす風を受けながら走るという場面で、安全を確保出来ません。


 他にも燃料タンク容量や、極低速で安定した走行が可能か?などの問題大有りでした。また。オンロード系は、雨の日の縁石を斜めに乗り降りする状況などに対応出来ない。白バイで普通のマラソンの先導が勤まるのは、他の交通を遮断している道を、時速20km付近で、ただ走れるからなんです。そして、白バイが着くようなマラソンや、駅伝は涼しい時期に行われます。


 試しにと、リハーサルで、大型スクーターを使ってみた所、二日目にしてエンジンが溶けて壊れてしまいました。外気温プラス4度℃の出来事です。
 

サポート・スタッフは全てバイク乗りだったのだ!


 何度かのリハーサルの末、伴走車両はホンダから提供を受けてアフリカツインにほぼ決定そのため事務局長は、忙しい中、早朝の時間帯に教習所に通い、限定解除に望みました。一度目の試験は失敗。マラソン直前の最後の試験に掛けて猛練習の日々。そして迎えたラストチャンス、万全の体制で望んだ札幌試験場で、はたして結果は、・・・

 「参加者が少ないため今日の試験は中止です。」・・・!?

                なに!ふざけろよ!寝言は寝て言え!


 という言葉を30倍に薄めた穏やかな、言葉で抗議するも、試験場側はにべも無い。気象条件や参加者無しなら仕方ない事。しかし中止しなければならない理由も無く、あらかじめ予定された通りに時間を作って試験を受けに集まってきている当人達に向って、よくそんなことが言えたもんだと、その話を後で聞かされて激怒した!通すも通さないも現場の担当の気分次第。そんな腐ったシステムがいまだに通用しているなんて!


 しかしぐんなりしているかわいそうな彼に慰めの言葉は見つからなかった。出発前のどたばたで、実際怒っている暇も無かった。(それでも帰ってきてから、バイク雑誌をめくながら、あのバイクがどーだの、いーだのと夢膨らませている姿を見るとこっちの方まで嬉しくなってしまう。今度は一人で日本一周のバイク旅に出るという。)


 そして出発間際にスチールカメラ記録とドライバーを引き受けてくれた私の知人も、実は日本一周の経験のあるバイク乗り。つまり今回のサポートスタッフは、3人とも全て、バイク乗りだったんです。
 

最後まで支えてくれたメーカーさんに感謝です

 
 バイクを提供してくれたホンダさんは、当時アフリカツインの在庫は既に無いにも関わらず、販売店から買い戻して提供してくれました。さらに、長崎での事故の際も、熊本ホンダの所長さんと、チーフメカの方が、わざわざ夜に現車を見にきくれて応急処置をして、その後、沖縄に渡っている2日のうちに、出張修理もして下さいました。


 社会活動推進室という部署の室長さんとチーフの方が、本社前で出迎えてくださり、祝勝会にも出向いてくれて、貴重な話を伺う事が出来ました。自分が応援していてきた会社に、このような形で応援して貰うなんて、こんな嬉しいことはありません。別に他のメーカーが嫌いとかいうことではなくて、単に一票しか入れられないならまず、ホンダにということです。


 また、もう一社、通信機材のケテルさんにも大変お世話になりました。
全ての通信機材を協賛してくれました。総額40万円近い金額も凄いのですが、トラブル発生時の対応の速さは、驚異的でした。現場の状況に応じて、無い物も作って即応してくれました。トラブル発生の連絡を入れた翌日には、対策品が飛んできて問題解決なんて事が何度もありました。本当にありがとうございました。

  最後に、がんばれ難病患者日本一周激励マラソンは無事終わることが出来ましたが、患者さんと家族の方の苦悩は、終わりなく続きます。今回の活動を一過性の出来事にしない為に自分はいったい何が出来るんだろう?撮り貯めた5万枚のデジタル画像と、70本のフィルムにヒントが隠れているような気がして目下思案中です。日本中で受け取ってきた応援する気持を、自分の中で一つの形に組み立てて100倍に増やして、また配り返す作業。ライフワークと呼べるものにやっと出会えました。

平成12年3月10日(モーターマガジン社)発行ミスターバイク誌3月号37ページ掲載

ミスターバイク誌3月号掲載記事
大阪難病連に寄稿した原稿
・・・・・2月号の記事に戻る
資料室に戻る
下の写真をクリックしても資料室に戻ります