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6-9)おまけの東北ツーリング
 学生の頃、夏休みを使って札幌の自宅からマウンテンバイクにキャンプ道具を満載して、日本縦断の旅をした事がありました。筑波の万博を見て富士山に登って沖縄まで行くぞ、というもの。函館〜大間航路で津軽海峡を渡って、下北半島を走り、十和田湖を目指していた時は丁度梅雨の真っ只中。テントを張るのが辛い状況でした。そんな時、湖畔の乙女の像の近くに東屋を見つけて一夜を過ごした事がありました。

 東屋は農家の納屋くらいの大きさがあり、ガラスの窓が無く普段は広く開放されている重厚な木製の引き戸を締め切ると、中は真っ暗になる作りでした。

 中は土間になっていて壁伝いにベンチが一周していて中ほどにはテーブルが設えてありました。夕方暗くなるのを待って、自転車ごと中に避難して引き戸を閉めました。そこは暗闇と引き換えに雨風を完全にシャットアウト出来る快適な空間です。

 キャンドルランタンを灯して、ラジオをつけて、コーヒーなど入れて寛ぎました。ベンチの上にエアーマットをひいて寝床を作り、シュラフカバーに包まって、聞くとはなしにラジオを聴いているうちいつしか眠りに落ちていました。

 ふと、何かの物音に気が付くと、キャンドルランタンは消えていて、真っ暗闇の中でラジオが不規則な雑音を流していました。そこに、「・・・トン、トン、トン、」とドアをノックする音がしました。

 まずい、こんな所で勝手に寝ていたら怒られる。まどろみから半分起きて、手探りで懐中電灯を探します。でもこういうときにかぎってなかなか見つかりません。

 あわててバランスを崩してベンチから転げ落ちてしまいました。そこで気が付きます。「なぜノックする必要があるんだ?」「今頃誰?」時計は午前零時過ぎを指しています。冷静になって起き上がり懐中電灯を点けて辺りを伺います。

 暗闇だったので何処から音がしたのか判らずに、壁や引き戸のあたりに目をこらしていると、急に寒気がしました。この東屋がある場所は土産物屋街から遊歩道をかなり進んだ先にあり、周囲数キロに人は住んでいないはずだ、まして雨の午前0時過ぎに誰がこんな所にやってくるというのか?

 いまここでどれだけ大声を出そうが誰にも聞こえない。何が起きても誰にも知られる事は無い、自分がここにいる事を知っている人はいないのだ、なにやら得体の知れない怖さを感じていた。息を殺して耳を澄まし目を凝らす、・・・・・・・長い静寂が続くうち、きっとあの音は気のせいだろう。と無かった事にしてしまおうと考えはじめていた、

 確実に「・・・トン、トン、トン、」 たぶん天井のほうから音がした。

 反射的に「コラッ!」と天井に向かって叫んだ、「おまえの魂胆は判っている」「俺を怖がらせて湖に追い込んで溺れさせるつもりだろう!」「そうはいかないぞ、かかってこいこのやろー!」考えていた事をそのまま声に出して叫んでいた。

 音を聞いて不思議と恐怖心は薄らいだ、ヤツは音を立てることしか出来ないのだ、ぶつくさ独り言を言いながら、キャンピングガスのポケットランタンという80ワット相当の強力なガスランタンを煌々と点けて、ラジオのチューニングを合わせ直してボリューム最大、ICIバルトロフライパンという重厚ながっちりしたフライパンのハンドルを組み立てて握り締め素振りなどして、過ごす。

 けっきょく「ヤツ」はもう出て来なかった。


 「得体の知れないヤツ」の存在を確認したのは、後にも先にもこの一度きりだ。


     ・・・何だったのか?
 
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