110)東日本大震災 復興ボランティア活動 その9-2
暖炉の前で寛ぐ黒猫のジジの写真
久慈市健康ランド 古墳の湯 黒猫のジジ
野田村のニジ
野田村で作ったニジの写真 野田村で作ったニジの写真
野田村で作ったニジの写真 野田村で作ったニジの写真
野田村で作ったニジの写真 野田村で作ったニジの写真
野田村で作ったニジの写真 野田村で作ったニジの写真
野田村で作ったニジの写真 野田村で作ったニジの写真
野田村で作ったニジ達の全体集合写真
野田村 ニジの集合写真
ハンドバッグに入れて連れて帰られるニジの写真
ニジは連れて帰って飾られる
フェリーの乗船待ちをしているバイクの写真
帰りのフェリーにスパイクタイヤを履いたバイク軍団が乗船待ちをしていた。話を聞くと北海道の南富良野までツーリングに行くらしい
苫小牧港上陸後に乗ってきたフェリーを振り返っている写真
苫小牧港 日の出の時間が早くなってきた
今回は八戸に上陸と共に地震で出迎えられました。既に10回を超える被災地入りで、自分の中で余震に対する慣れがある事がわかりました。

特にかわいキャンプで活動していた頃は頻繁に余震があり、時々大きな揺れがありました。高校の教室の窓辺に畳を敷いて寝ている所に地震があると、鉄枠の窓は激しく打ち鳴らされて、ガラスが割れるのではないか?と聴覚的にも視覚的にも、体感的に地震の怖さを感じました。

しかし、派手な音がするだけでガラス窓が割れる事は無く、耐震強度十分の鉄筋コンクリートの校舎にはダメージはありません。次に心配なのは津波ですが、かわいキャンプは内陸部でその心配はありません。

比較的大きな余震が来ても特段騒ぐ必要は無く、周囲もまったく平静です。次第に慣れてしまっていました。

沿岸部の活動の際も海辺での活動では、避難経路が確保されていて問題ありません。地面は揺れるものの、鉄枠のガラス窓の割れるのでは?という激しいガタガタ音に慣れていると、開けた屋外での揺れはインパクトが少ない感じになってしまいます。

時間の経過と共に余震の回数は減り次第に余震への怖さは薄れ、慣れてしまった感覚だけが残っていました。今回自分の体感した揺れのレベルでは、瞬時に騒ぐことではないと感じましたが、一緒に行動している二名は相当怖かったらしく、感覚の違いが目に見て判りました。

2011年3月11日も前日までに地震が頻発していて、それに対する慣れが避難しなかった人が多数になった要因ではないか?との被災者の方のお話を伺う事ができました。

おそらく自分も現場にいたとすれば、「3mの津波予想」を知った段階で、巨大な防潮堤が津波を防ぐ様を見にカメラを持って海辺に行っていた可能性が高いと思いました。
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