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北海道難病センターの会議室で、第一回目のミーティングが開かれた。 難病連北海道集会に駆けつけて、その会場から全国に向けて送り出してもらい、 東京の全国集会に駆けつけてゴールとする。 北海道集会は、「8月1日」 全国集会は「11月27日」と、どちらも既に決まっていた。 スタートとゴールは、「動かしようが無い」状態からの全ての計画開が開始された。 |
まず最初に全国版日本道路地図による、ルートと日程の作成が始まった。 1)人が通れる部分は全て足で、走っていく。(終了地点と宿の往復は車での移動する) |
条件を鑑みながらまずおおまかに、全国の県庁を一筆書きでなぞる作業をしてみる。 40〜50Kmごとに区切りながら進めていく。・・・直ぐに皆、口数が少なくなっていった。 帳尻を合わせるために一日の走行距離がどんどん延びていく・・・ それでもどっかこっかに無理が出てまた一からルートを作り直しになる。 |
休養日は無し、一日60Km前後のノルマ、最長80Kmを越える区間も出てくる。 しかも無駄な山越えを何度もしなくてはならない。 この日は具体的な日程の計画は出来なかった。というより、計画を突き詰めると、 「無理」!「不可能」!という言葉が喉を突いて出てくる事は皆、容易に想像がついていた・・・。 |
1)全道集会に参加しないで、スタートを一月早める案。 2)全国集会に参加しないで、ゴールを一ヶ月遅らせる案。 3)計画を一年先送りして、全道集会と全国集会の日程をずらしてマラソンに合わせる案。 |
数日後 |
全案すべて却下!ランナーの「走ります」の一声で計画を強行する事になります。 一日60km〜80Km走り、休養日は無し、朝早くから暗くなるまで走りっぱなしで、128日間通す! 過酷な選択です。 はたして持ちこたえる事が出来るんだろうか? ランナーには「走る」以外の負担は一切かけないように最善を尽くしていくこと、 さもなくば途中で体が壊れてしまう。そうなっては元も子もない! |
「各地で交流を深めながら旅を続ける」 |
という最も重要な要素に、大きなしわ寄せが来ることになってしまう。 |
=== 3)日程と走行経路 === | |
4)一日の走行距離について | |
2)サポートスタッフについて | |
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