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薪ストーブで炊いた雑煮 
 10)格別に雑煮がうまい年越し
今回は稚内のバイク仲間のお宅で年越しをした。特に変わった事をするでもなし皆で鍋をつつきホットプレートをつつき酒を飲んで馬鹿話をして笑ってる。なんのことはない日常が実は最高の幸せでかけがえのないもので一秒一秒がキラキラしている。酒の一滴一滴のように幸せなフレーバーがびっしり詰まっていた。その時間を飲んで幸福感に酔っている。

一昨年まではその場で一緒に酒を飲んでいた仲間が今はいない。病気で亡くなってしまった。人は死んだら小さな写真たてに収まって笑い続けるだけになってしまう。今回酷い事故に逢って人はこうやって死んでいくんだろうな〜と漠然と死を感じる時があった。

それは何か特別なものでは無く、暑くも無く寒くも無く、怖い訳でも悲しい訳でも無く、まるで晴天の芝生の上で転寝をしているような夜ベッドに入り眠りにつくように穏やかな眠気がきてそろそろ眠ろうかな〜といった何の違和感も無い自然な感じだった。

その時は漠然と終わりかな〜と思いながらも「どっちでもいい」といったあいまいな気持ちで意思が働いていなかった。もしそのまま行ってしまっていたとしても、痛みも苦しみも不安も無く、自分が死んでしまったという実感も無いままにあっちの世界に行っていたと思う。

そして夢の世界を走り続けるだろう。手術の最中洞爺湖畔を走っている夢を見ていたように、事故直近の夢の風景の中を気持ちよく走り続ける事だろう。そして夢から醒めるか醒めないか。それが実際に当事者が感じる生と死の違いのような気がする。
医療用麻薬の容器の写真手術後使用していた医療用麻薬
想像だが、津波で流された人たちも自分が死んでしまったという実感の無いままにあっちの世界に連れていかれてしまったのではないか?何が起きたのか判らない一瞬のうちにさらわれてしまった。心は津波が来る直前の世界で夢を見ているままではないかと思う。

事故現場に花を手向ける事はある程度効果があると思う。しかしそこにじっとしている訳では無く、自分が帰るべき場所に帰ってみたり、好きな場所に自由に浮遊している。それより故人の形見等を大切にする方が効果があると思う。

すでにトレーラに轢き潰されて存在しないバイクに乗って気持ちよく走っていた。恐らく気持ちはバイクの残骸の元にも行っていたと思う。バイク仲間の形見分けを持っていた事も今回助かった事に無関係では無いような気がする。

非科学的な考えだが実はこんな事もあった。事故の一月前バイク雑誌の依頼で書いた原稿のタイトルが「生涯最高の相棒」とつけられて構成が上がってきた。それを見て「生涯最高」の前に「今の所」と注釈を入れて欲しいと直前に直しをお願いしたものだ。
バイク雑誌の拡大写真バイク雑誌に書いた原稿

なぜそこにこだわったのか覚えて無いが、死んでいれば「生涯最高の相棒」で正解だった。でも生かされた今の身体には今回手に入れた「TLM220R」が望みえる最高の相棒だ。

何処でどうなるか人の運命は判らない。今回助けてもらった命は、ほんの紙一重で助かったようだ。事故の状況からバラバラ遺体処理班が出動して捜索にあたっていたという。

そこにライダーは生きていていて救急隊員と話をしている。との無線連絡が入ったらしい。「この状況でどうやって生きているんだ?」何かの間違いだろうと現場で笑いが起こったという。

そして事故の瞬間の記憶が飛んでいる。事故前後数十分間の記憶が無い。人の話として聞いた事はあったが、頭部への激しい衝撃によって記憶が消し飛んでしまっている。断片も微塵も思い出せない現実に愕然とする。怖さすら感じる。

過去に自分は記憶を無くした事は無い。たとえばどんなに酒を飲んでも記憶を無くした事が無い。飲んで限界がくるとゲーゲー吐いてそのいやな感触も全部覚えている。映画やテレビで記憶喪失を題材にしたものがあるが、実際に起こりえる現象だと判った。

それでも数十分間なら笑い話で済む。しかし完全に「ここは何処?私は誰?」状態になっていたらどうだろう?脳から記憶が全て消えてしまっていたらどうなるんだろう?身体は物理的に治っても、心の中身を無くしていてはどうやって再起動かけるのか?

その答えはここにあった。パソコンのバックアップデータのように、このホームページが自分のバックアップデータの役割をもっている。それは失った記憶を取り戻す事に近く、心の安定に有効で自分を再認識させられる。

気持ちがくじけそうになった時、立ち返る基準点であり自己補正をかけるシステムの重要なデータが詰まっている。気がつかないうちに心のフィードバックシステムを構築していた。

それはWEB上のサーバーに存在し、いつでも閲覧可能で病院のベッドの上からでも参照出来る。心が補正されることで周りが良く見え感じる事が出来る。叫びたい夜をいくつも越える中でも平穏を保つことができた。

心の動きはともかくとして、骨折の修復手術やその治療過程に越えなければならないハードルについては情報共有出来るはずだ。と思い詳細を公開しようと考えたのは雪も解けた頃だった。

個人情報を公開するのはどうかとの考えもよぎったが、同じような状態で入院している人の参考になればとの思いと、「また再び自分がその真実のデーターが必要になる事態が起こらないとも限らない」という想定したくないけど起こりえる部分もある。

高校生の頃から通算3リットル以上の献血をしてきた。今回その貯金を全部使ったかっこうだ、輸血を受けるとその後献血できなくなるらしい。出来るうちにしておいて良かった。
ホットプレートでヤキソバを作っている写真 美味いウイスキーをちびちびやっている写真
年越し焼き蕎麦だ 時間の一滴に酔う
1リットルの予備の燃料タンクの写真 1リットルの予備の燃料タンクの写真
1日だけで二回予備を使った 夜のガス欠は心細い
吹雪を突破してきた顔の写真 ヘルメットに雪が叩き付けた跡の写真
酷い降雪の場所を通過 顔が凍傷になりかけた
薪ストーブで雑煮を作っている写真 赤みが残るように上手く燻製にされた鹿レバーの写真
薪ストーブは暖かい 鹿撃ち作スモーク鹿レバー
1日は美瑛のバイク仲間の家で鍋を囲んで新年会だった。順調に走るはずが途中で力尽きSOS、トランポで迎えにきてもらった。そして翌日結局札幌まで運んでもらう事になる。自力で走りたい気持ちもあったが危ないので仲間を頼った。自分に甘くなったか(笑)
今回元旦宗谷岬ツーリング2012のアップロードが6月になった。なんぼなんでもこんなに遅くなった事は始めてだ。それはパソコンの故障からハード的にもソフト的にも相当試行錯誤を繰り返した結果でもある。それは遅くても効率悪くても「自分で考えて解決する」という基本を通したものだ。
自分一人で絶対解決とするか?仲間を頼って共に解決するか?その判断基準こそバックアップを取っておくべき重要事項だと思う。しかしそれは年々変化するもので、現時点ではこのあたりといった所か
おまけ
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