| 使用車両 |
1)HONDA XLX250R MD08
1986年〜1992年まで六年間使用 (元旦宗谷 4回)
1991年 エンジン動弁系修理 (ロッカーアーム交換等)
1992年 エンジン動弁系再破損にて廃車 (EXバルブ/ピストン破損)
※修理箇所の再破損によって軽二輪の耐久性が厳しい現実に直面、大型二輪へ移行を決意
HONDA XRV750 Africa Twin 導入に向け、札幌総合自動車学園の早朝教習に通い、札幌運転免許試験場にて、中型限定自動二輪免許の「限定解除」 |
2)HONDA XR250 BAJA MD22
1992年〜1993年まで一年間使用 (元旦宗谷 1回)
XLX250Rの廃車後即購入、アフリカツイン購入時入れ替え |
3)HONDA XRV750 RD04 Africa Twin
1993年〜2002年まで九年間使用 (元旦宗谷 3回)
2002年 BMW R1150GS Adventure 購入時譲渡 |
4)HONDA CR-V RD1 4輪車 (元旦宗谷 4回)
1995年〜2005年まで十年間使用 |
5)HONDA XRV750 RD07 Africa Twin
1999年〜2019年現在使用中 (元旦宗谷 5回) |
6)BMW R1150GS Adventure
2002年〜2011年まで九年間使用 (元旦宗谷 9回) |
7)HONDA TLM220R MD23
2011年〜2019年現在使用中 (元旦宗谷 1回)+(車載3回) |
8)Mitsubishi PE8W 4輪車
2006年〜2019年現在使用中 (元旦宗谷 4回) |
| テレマークスキー装備 |
バイクでスキーを背負い始めたのは1986年、フィンランドのスキーメーカー、カルフのシングルキャンバーのテレマークスキー「エクストレム」212cm、背負子はエバニューのグリーンボーン、
最初は二本並べて積んでみて、その空気抵抗の大きさに驚いた。スキージャンプの板形状が勝敗を左右する事に納得した。試行錯誤してスーリーのスキーキャリアアタッチメントを併用して簡便強固にA合掌スタイルに固定する方法確立。しかしスキー断面が真四角の厚板ウッドコアグラススキーは、空気抵抗過大で高速乱流強く安定せず。
二代目、性能の高い板にバージョンアップ、トラぺツォイドという断面台形形状でメタルサンドイッチ薄板構造の、「フィッシャーGTS」205cm導入、目論見通り空気抵抗劇的低減、及び進行方向角度付けによる合成ベクトル安定し、横風に対する拮抗性向上、バイクでスキーが実用化。以後その方向で定着(当時自家用車未所有)元旦宗谷バイクスキーキャンプツーリング開始。
当初ブーツはアゾロエクストレムプロ、バックル付き革紐靴でスキーもバイクも兼用靴。2002/2003より「スカルパ」T1、プラスティックテレマークスキーブーツ、バイクのリアキャリアに積載、バイクのブーツは「カミック」カナダ製ダブル防寒靴。
三代目、「フィッシャー」GTS、ニューモデル210pにアップグレード、高速安定性向上もオフピステ込み合う林で撃沈。
四代目、BD(ブラックダイヤモンド)テレサバージュ205p、台形断面のメタルサンドイッチ構造板、オフピステ旋回能力向上。
五代目、「プレシジョン」パウダー190p、アフリカツイン導入により横風リスク低減の為短い板導入、テレマークスキー板では無い通常のゲレンデスキー板を流用、トップベントが柔らかいパウダー用フレックスの板。
六代目、「レボリューションUSA」 マウンテンクエスト 206cm 少量生産のウッドコアグラスファイバーの細身で柔らかい板。基本に立ち返る目的で導入。
七代目、「ボラントUSA」バーテックス 154p ステンレス製キャップ構造の極薄板、バイクの更なる大型化による横風リスク低減の為テスト的に採用、疑似翼的な断面形状により高速安定劇的向上。
八代目、「ロシニョール」9X 190p、プラブーツ採用でピステ高速滑走が楽しくなり導入、オフピステは当然それなりに
九代目、「サロモン」AKロケット 200p、バイクの重量増とフロントサスペンションの特性がプラスに働き、横風への対抗力が格段に向上している事が解りパウダースノー用幅広板を導入する。9Xの反動も有りオフピステ性能を重視、長いも柔らかく意外とよく曲がる。横風拮抗はパワー勝負に |
| 元旦宗谷岬ツーリング |
初めて宗谷岬を訪れたのは学生の頃1984年の夏休み。マウンテンバイク(アラヤ工業製MF26EXP)にキャンプ装備積んで札幌から4泊5日の旅。帰路は稚内駅から夜行急行で輪行。
二度目の宗谷岬が1988年大晦日
オートバイ(ホンダXLX250R)にキャンプ装備とテレマークスキーを積んで宗谷岬で年越しをした。これが始まり
当時北見枝幸に存在した、銭湯隣接のライダーハウス「えさしYOU」、そこに集うオフ系の濃い連中で始めた「初日の出宗谷岬ツーリング」。元旦の明け方「えさしYOU」からバリバリのスパイクタイヤを履いたオフロードバイクを駆って、圧雪アイスバーンをぶっ飛ばし宗谷岬の初日の出を目指すツーリング。
北海道のローカルバイク雑誌「Doバイク」に掲載された、当時道北特派員で記事を書いていた、「えさしYOU」主催よしこ姉さんの元旦宗谷岬ツーリングの呼び掛けに集まった。
当初朝走るつもりも、枝幸湯上がりに見上げた星空が綺麗過ぎて走らずにいられないと、同行二台で抜け出した。大晦日のオホーツク海岸線、漆黒の星空と純白の雪道、その境界線をライトで切り裂き突っ走る。道は貸し切り二台で並走、気分はパリダカビクトリーランかイージーライダーか、この夜走りが以後継続させる強い動機になる。 |
| えさしYOUネーム |
えさしYOU正月行事、二日の初滑りにテレマークスキーを背負って行った。それを岬で見かけたライダーが「ガンダムみたいに背中に二本長いものを背負ってる変なのがいた」と噂が回ったらしい。おかげでえさしYOUネーム(ライダーネーム)は「ガンダム」とつけられた。出会った時の印象から夜の宴会でその場のノリでつけられる。拒否権など無い。「テレマーク」もしくは「ノルディック」等本人の希望はもれなく却下。
当時「少年」とつけられてしまったら父親になっても「少年」。当時中坊「ボンズ」は人の親になっても「ボンズ」、ライダーネームとはそういうもの。似ている有名人やキャラクター、なんらかの特徴、やらかしたへまにちなんだもの、誰々のダチ、なかには厳しい放送禁止用語をつけられたライダーもいた。
えさしYOUいつもの初滑り、パウダースノーを求めて北大雪スキー場まで一泊遠征した年があった。ホテルの1フロア貸し切りの「ライダーハウスえさしYOU」ご一行様。各部屋に張られた部屋割りもすべてえさしYOUネーム、丁寧に書かれた筆文字の「放送禁止用語」様に爆笑から始まる大宴会。 |
| 最終列車 |
振り返るとスキー装備で走るのは2007年が最後になっていた。パウダー専用のファットスキー、サロモンAKロケット背負って、アスピリンスノーの名寄ピヤシリスキー場で初滑り。この時一緒に滑ったバイク仲間は病気で先に逝ってしまった。気が付けば自分も、もう「パウダー方面」の列車には乗れない。最終列車はもう行ってしまった。
しかし冬の汽車はまだ別系統がある、「アイス方面」の汽車にはまだ乗れる事がわかっている。行先はどこまで行けるか判らない、BDのコブラアッズ切符に乗れる事だけは判っている。但し切符は一枚追加で三枚必要だ。 |