戻る
正式名称は歌登咲来停車場線というらしい 
 
8)雪道を駆け抜け
天候の回復と除雪を待って遅めの出発。国道40号を音威子府の手前咲来(さっくる)で別れ咲来北見道路で北見枝幸を目指す。青空の下快適な雪道が続いている。まともに受ける風、雲のように軽いハンドル、単気筒エンジンの振動、元旦宗谷岬に初めて行った頃、250ccの小さなバイクで走っていた頃、その感覚が克明に蘇る。ヒステリシスを持った2サイクルエンジンの特性が懐かしく嬉しくて加速を繰り返した。
 
2サイクルエンジンは4サイクルエンジンに対して不安定な出力特性を持っている。それをテレビに例えるならスイッチを入れてテレビを点けてボリュームを操作して適音で見ている状態。この普通の状態を4サイクルとすると、2サイクルのテレビはスイッチを入れてテレビを点ける所までは一緒だが音量の調整が難しい。
 
ボリュームを操作して音量を上げようとするもなかなか上がってこない。そして突然大音量になる。びっくりしてボリュームを下げるも今度はなかなか下がらない。そして突然聞こえない程の小音量になってしまう。最適にするのが難しい。
 
これを人間に例えると、豚もおだてりゃ木に登る、とやるとスカイツリーに登ってしまう。それはやりすぎと言うと、三日三晩寝込む程落ち込んでしまう。極めて気難しい性格だ。
バイクのエンジンの写真
それは2サイクルエンジンの構造上、4サイクルエンジンには無い「掃気工程」での混合気や燃焼ガスが持つ不確実要素が影響している事に他ならない。それは主に流体の慣性であったり流速と負圧の関係であったりと、理論や計算式によって正確な答えを導き出せない面白い部分だ。
 
実際にはエンジンの回転数とアクセル開度によって劇的に変化する。ある速度域、あるエンジン回転数からいきなり元気な加速を開始する。弱弱しく、まあまあ、程ほど、といった所からいきなり超元気に飛び跳ねるように進み出す!
 
トライアルバイクはその使用状態に合わせて超低速重視の穏やかなエンジン特性を持たせている。しかしこれは一般公道も走るように設計されていて高速道路も走れるようにそこそこ元気な部分もある。絶対的なパワーは無く最高速度も低いも車体が軽い分、体感加速はなかなか楽しい。
 
エンジンが唸りを上げスパイクピンが雪面を捕らえ加速していく。いつしか初めてバイクを手に入れてそのパワーに酔いしれていた頃の感覚に戻っていた。
雪で埋もれているキャンプ場の写真
歌登を過ぎて北見枝幸で国道234号に入り巡礼のように枝幸YOU跡地前を通り、千畳敷キャンプ場に寄ってオホーツク海岸を北上した。

途中枝幸YOU裏の若くして病気で亡くなったバイク仲間の家の前を通った。今使っているネックウォーマーは形見分けだ。事故の時バイクに積んだダッフルバックの中にネックウォーマーが入っていた。もしその時首に装着していたら救助の際切断されていただろう。他の衣類はアンダーウェアーからアウターのダイネーゼのプロテクトウェアーまで全て展開図のように切り開かれていた。高強度ナイロン繊維で編まれた中にプラスティックのプロテクターの入ったウェアーは切り難かったと思う、判っていはいたものの後に現物に対面したときは一抹の寂しさとありがとうの気持ちが交錯した。ポケットの中の必要な物を出して捨てる前に一部を切り取った。
事故の時に切られたジャケットの写真 ジャケットにつけていたピンバッジの写真
それはジャケットの襟元に着けていた昔の恋人に選んでもらったピンバッチだ。「FREE RIDES DIE HARD」とある。「簡単には死なない」という意味らしい。効果があるようだ(笑)
クッチャロ湖の水鳥達の写真 鳥インフルエンザに関する注意喚起看板の写真
クッチャロ湖に白鳥の顔を見に寄ると少し雰囲気が変わっている。時代の流れか、それでも白鳥は元気だった。それぞれに事情や経緯がある。折り合いを付けて存続してほしいと思う。
国道を走る宗谷岬へ向かうカブの写真 雪を踏みしめるバイクの前輪の写真
鬼志別のあたりでバイクを止めて波の音を聞いていると一台のカブが通過した。宗谷岬へ向かっているのだろう。でも直前まで地元の働くカブおじさんか旅人かの区別が付かないのが面白い。後ろから見るとその荷物の大きさや積み方で旅人らしき事がわかる。

夕日を追いかけてオホーツク海岸を北上して宗谷岬に到着した。いつもの高台に上がり遠く樺太を望む。しかし今回はこの場所で年は越さない。稚内で仲間と皆で越す年越しだ。
丘の上のいつもの年越し場所の写真
野宿装備は置いてきた。軽量化した装備でパッキングを煮詰めたものの直前で諦めた。無事走る事のみ。二兎追わず。
戻る
おかげさまでこうしてバイクで駆けています
次の写真に進む
表題に戻る
下の写真をクリックしても戻ります