57)蝦夷鹿の話(その二)
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野生の証明
 まるで飼われているように人慣れしたキャンプ場の蝦夷鹿達も正真証明の「野生の蝦夷鹿」です。 なごやかに見えても常に敵の襲来を警戒しています。 知床のキャンプ場も夏の混雑時期が終わると、潮が引くように一気に静かになります。 そんな中、蝦夷鹿達の行動に変化がみられるようになりました。
誰もいないキャンプ場の芝生を少し離れたところから見た写真
2-1)
 ある雨の細降る昼下がり、閑散としたキャンプ場にいつもの蝦夷鹿達がやってきました。しばらく草を食べた後、広場でいつもの休憩に入りました。

 鹿にはいくつもの胃袋があって、第一の胃がいっぱいになると、休憩して胃袋から口に未消化の草を逆流させて噛み直す作業を行います。それを反芻(はんすう)といいます。それは同じく草食動物である牛にも見られる行動です。遠めに見ると3頭の母鹿が見えますが、「蝦夷鹿の話(その一)」の写真で見るようなおだやかな雰囲気ではありません。
森に面したキャンプサイトの芝生の上で鹿の親子が三組合計六頭で休んでいる写真
2-2)
 ここで三組の蝦夷鹿の親子(A-A´ B-B´ C-C´)が不思議な並び方で休んでいます。良く観察すると、広場中央の草の色が茶色っぽい部分に保護色がはたらくように子供達を集めて休ませ、親達は周りを囲むように円陣を組んで、それぞれが死角を補うように別方向を見張っています。 子供達もそれぞれの母鹿を見習って、同じ方面を注目して、背中合わせの状態になっています。

 蝦夷鹿達はこの場所で敵の襲来を想定した陣地を張って休んでいます。
子鹿はそれぞれの母鹿と同じ方向を向いて同じ格好で休んでいる事を写した写真
2-3)
 写真向かって左方向は比較的開けていて、その先に宿や民家などが在り、人間の生活圏になります。

 それぞれ子鹿達はそれぞれの母鹿の真似をする事で、注意を払う範囲を分担し、お互いに自分の見えない死角を補う見張りをしています。

 それぞれの子鹿達はそれぞれの親鹿の後ろ姿を見て休憩のしかたを学習しています。いつでも走り出せるように膝を折って座り、首を伸ばして辺りの様子を伺っています。決して足を伸ばして寝そべったり、横になったりしないのです。
三頭の小鹿がそれぞれ背中合わせになって母鹿の方を見ている写真
2-4)
 写真向かって右側は、車両乗り入れ禁止テントサイトが数十メートル続き、その先に車両乗り入れ可能キャンプサイトが数十メートルでキャンプ場の端になりそこから先は深い森になります。

 手前方向は車両乗り入れ禁止のキャンプサイトが広がっており、その先は車両乗り入れ可能なキャンプサイトが数十メートル在り、その先は車道を経て民家やホテル街、お土産屋などの人間の生活圏が広がっています。
眠そうな表情をしながらもがんばって見張っている小鹿の写真
2-5)
 正面の森は約100m程森林が続き、崖になって国道まで数十メートル落ちています。 その間に散策路・遊歩道がつけられていて、崖の上を散策する事が出来るようになっています。

 画面向かって左右方向はいずれもある程度の視界が利き、敵が襲ってくる状態を目視できます。正面の森までの距離は数メートルしか無く笹藪に覆われ、視界が利かない分、敵からも見えにくく、また、笹薮を掻き分ける音によって敵の接近を知る事が出来ます。
少し離れた所から蝦夷鹿の組んでいる三方向見渡す警戒陣地を見渡した写真
2-6)
 蝦夷鹿達はあらかじめ逃げるルートを想定していて、敵が襲って来たら、一目散に駆け出します。蝦夷鹿の天敵は羆(ヒグマ)です。ヒグマは鹿を襲って食べてしまいます。鹿の武器は早い足です。草原を駆けるスピードはヒグマより速いのです。つまりヒグマに襲われる前に全速力で走る事が出来れば逃げ切れるのです。

 逆をいうと、襲われた瞬間の逃げるまでの反応速度が明暗を分けます。その間子鹿達は動かずにじっとしているようにしつけられています。親が目立つ場所にいて、敵の注意を引いて逃げると、ヒグマは逃げるものを追う性質があるので子鹿達から離れるように逃げる事で子鹿を守る事が出来るのです。この行動は水鳥のカモが雛(ひな)を守る時にも使う方法です。
芝生に座った子鹿の耳元で何か囁いている母鹿の写真
2-7)
 三組の蝦夷鹿の親子が協力して安全に休憩する方法はわかりましたが、他の場合はどうなのでしょう?たとえば数が増える分には三方向に分かれていたものを増えた分で分担していくだけなので簡単でしょうが、最小単位である一組の親子鹿が二頭だけで安全に休憩するにはどうするのでしょう?

 同じ場所でそれを確かめてみましょう。母鹿はまず子供を保護色の利く草色の場所に座らせます。ここまでは三組の親子鹿の場合と同じです。そして耳元で囁いて指示を与えます。この指示の内容が違うのです。
子鹿が見張りを始める中を母鹿がゆっくり森の方まで移動している写真
2-8)
 三組の親子鹿が六頭で陣地を組む時には子供達はそれぞれの、母鹿の真似をする事で、正しい陣地の組み方、見張りの仕方を目で見て学びます。

 しかし、一組の親子鹿二頭で休む時は、「母の真似をしなさい」との指示は出しません。「母の見えない方向を見張りなさい」と指示を出すのです。

 この子は既に言い付けを守って実行しています。
子鹿と母鹿がそれぞれの見えない部分を補う形で見張りをしている写真
2-9)
 母鹿は森の境界付近まで歩き、緑の濃い部分に子鹿と反対方向を向いて座りました、そのまま森の方を警戒して、子鹿の方には一切目線を与えません。

 それでも子鹿は一生懸見張っています。自分の身は自分で守れるようになれないと自然界では生きていけません、母鹿はあえて子鹿に目線を与えないようにしていますが、

 実は母鹿の右耳はしっかり子鹿を気使っているのです。三家族で陣地を組んだ時のように本来的には藪の方を耳で聞いて、視界の利く方を目視したほうが効率的ですが、小鹿の自立を即すためか、あえて任務を与え、実行させています。
一組二頭の親子鹿の二方向を注意する陣地の全体を少し離れて見ている写真
2-10)
 すこし離れて見ると、小鹿は保護色が利く場所にいるのに、逆に母鹿は周りの緑と体毛の茶色の色彩の差が強く、遠くからでもくっきり見える場所にいる事が判ります。

 また、小鹿を逃げやすい方向に向けて座らせておいて、母鹿は逃げにくい方向を向いている事も、三家族合同での休憩との明らかな違いです。

 実は母鹿の目線の先にはヒグマの通り道があるのです。
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