3)元旦宗谷岬初日の出ツーリング
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毎年行っている宗谷岬の年越しツーリングの様子です。

行定表
2000年12月31日
19時00分
仕事終了後に札幌出発 
23時59分 宗谷岬到着
2001年01月01日
02時00分
テント設営・飲酒・就寝
06時00分 起床・初日の出イベント参加・バイク仲間との歓談
09時00分 再び寝袋にもぐりこむ
12時00分 二度目の起床・正月らしくもちなど食う
17時00分 バイク仲間との宴会スタート
23時59分 すきを見て仮眠をとる。
2001年01月02日
03時00分
札幌に向けて出発
09時30分 出社


 実際には31日の天候が雨のため、路面が冷えて固まるのを待ってのスタートになりました。 24時少し前に出発しました。夜通し走って6時過ぎに宗谷岬到着
  


路肩に止められたバイクのは吹雪にまみれ、吹き溜まりの一部と化してしまっている写真
1)

 2001年元旦早朝の日本最北端の地、宗谷岬の駐車場の一角にて、ひどい荒れ模様の天気の中、ここで野宿をした連中のバイクの図。 

 バイクの後ろから伸びた吹き溜まりが、吹雪の激しさを物語ります。視界数メートルというレベルの強烈な吹雪になるとこのような吹き溜まりが短時間に出来上がります。こんな中、吹っ飛ばされそうになりながらテント泊したらさぞ心細かったことでしょう。
 

キャンプ道具やスペア−タイヤまでもを積んだスクーターの写真
2)

こちらは荷物満載のスクーターです。履き替える夏タイヤを積んでいる処と、防水パッキングされてる処が、旅慣れた印象を受けます。

 猛吹雪の中、荒れた積雪路面を進むという事を考えると、50ccの力と小さなタイヤはでは、相当な苦労をしてると思われます。そのぶん救いは倒れても起こしやすいという事でしょうか。
 

一晩の吹雪に耐えたテント村の写真
3)

 さすがにこの時期は夏用のお手軽テントは建ってません。海からダイレクトに吹き付ける猛吹雪に耐えるにはそれなりの構造を持ったしっかりしたテントが必要です。今回は条件が悪かったせいか、テントの数が少なめでした。

 夜中に吹っ飛んで撤収せざるをえないテントもあったでしょう、以前に人が中に入ったまま吹き飛ばされていくという光景を見た事が有りますが、自然の力に為す術無しと、思い知る瞬間でした。そのあとこっちのテントに非難してきて話を聞いたら、それはそれは切ないものがあったと語ってました
 

毎年恒例の初日の出宗谷岬花火大会の写真
4)

 日の出の時間に合わせて花火が打ち上げられます。毎年稚内市長が出てきてセレモニーをするんですが、今年は恒例の干支キーホルダーをもらうための行列が出来ただけで、まとまったイベントらしきものはありませんでした。

 7〜8年前には、この場で、いきなり結婚式が始まって、婚姻届を市長が受け取るという演出が有り、おおいに盛り上がったものでした。この花火と、かがり火、が有るのでテントを張る時には設営場所をしっかり考えないと降りかかる火の粉の餌食になってしまいます。

この時ばかりは大勢でにぎわう宗谷岬の写真
5)

 この時期ふだんは閑散としたこの場所もこのときばかりはおおいに賑わいます。干支キーホルダーを配るトラックに、貰うための行列。写真には写ってませんが、後ろ方向に数十メートルのびています。

 3年前には、夜半から続いた激しい吹雪が治まらずに、イベントそのものが中止になった事もありました。しかも其の時には、なんと結婚式をする予定だったようで、そっちのほうは、さすがに「中止」というわけにはいかないので、延期されて次の日に無事行われていたようです。(後に新聞でしりました)
 

お年より達がたまに乗っているのを見かける電動車椅子のようなタイプの乗り物の写真
6)

 電動カート・電動車椅子・といった乗り物でしょうか?足元にエンジン発電機を積んでおり、充電しながら走行するという「ハイブリット」カート。との本人談。

 三輪のうち後ろ二輪をそれぞれモーターで駆動するタイプのため、事のほか走破力があるということです。
 

三人で力を合わせて埋まっているバイクを押して進めている写真
7)

  彼らは7年前にも同じようにしてここを訪れています。当時と同じくタイヤに手製スパイク付きワイヤーをセットしてここまで走ってきています。三人で力を合わせて進んでいく姿は以前のまま変わっていません。

 バイクは基本的に個々にそれぞれ独立したものですが、それゆえに、助け合う姿が絵になるのかもしれません。
 

雪に埋まるバイクを必死で押す力強い姿の写真
8)

このバイクは夏タイヤのまま走ってきています。近年、バイクを車に積んでここまでもってきて、撮影のために車から降ろして写真を撮って帰るというパターンもみられます。

 一番最初の写真の後ろの方に、スーパーセブンという外国製のカスタムメイドのオープンカーが写っています。しかもオーナーらしき人は、両松葉杖を使っているようでした。ここにくると、いろんな人がいるものだと、人を観察しているのも面白いものです。
 

宗谷岬を見下ろす高台でのバイクに乗った記念撮影の写真
9)

  ここは宗谷岬を見下ろす高台の上です。天気が良ければ旧樺太(サハリン)がよく見えます。

 1999年夏、この場所から「がんばれ難病患者日本一周激励マラソン」が、スタートしました。御蔭さまで、無事6200km全工程走りきって成功裏にゴールすることが出来ました。マラソンは終わりましたが、伴走ライダーは、がんばる人の伴走を続けます。「いつも応援しています」
 

日本最北端の地に有る標識にはどこよりもロシア領サハリンへの距離が短いことが書き記されている。標識と望楼の写真
10)

  後ろに見えるのは旧日本海軍の見張り壕です。戦時中ここは対ロシア軍の軍事要所でした。壕には弾丸の跡が残っています。十数年前この場所の近くで民間機が撃墜されるという事件がおこりました。

 ここは日本の北の端、沖縄までは、2800kmありロシアまで40kmしかありません国境の町です、シビアな現実もあります。カメラの位置から右方向には、大韓航空機撃墜事件の慰霊碑が立てられています。
 

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3)元旦宗谷岬初日の出ツーリング2001

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