100)元旦宗谷岬ツーリング2013 
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毎年行っている宗谷岬の年越しツーリングの様子です。
2012年12月31日〜2013年1月2日
荒天の大晦日
荒天が基本になりつつある近年の年越し宗谷岬ですが、いつもに輪を掛けて激しい荒天予報が出ています。天気図を見ても気象衛星画像を見ても間違いない荒れっぷりになりそうです。

今回は残念ながらバイクの年越しは諦めて四輪で向かいます。それは1999年の年越し以来の事です。当時は事故による身体の回復を待っての四輪行でしたが、今回は天候によるバイク中止の決定です。 
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1)

国道274号線、石狩川を渡る「新石狩大橋」
暖気で緩んだ水浸しの道路を北上します。融雪剤交じりの泥水を浴びながら走る事になります。対向するトラックと水溜りを通過するタイミングが合うと思いっきり泥水をかけられます。

しかしそれは当たり前の事ですがバイクにとっては厳しい苦痛でも車に乗っている分には全く濡れる事も無く暖かで快適です。

そして気圧の谷が通過した後には強風と共に上空の寒気が入り込み、濡れた路面がシバレ上がり極悪ツルツル路面になります。
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2)

留萌から日本海沿いにオロロンラインを北上します。国道の電光掲示板には「留萌地方 暴風雪警報 発表中」 とあります。バイクで行くには厳しいですが大型の四駆に乗って行けば普通に通行可能です。

しかし油断は禁物慎重に進みます。燃料満タン、水も食料も満タン、冬用寝袋で車中泊準備も万端です。もし途中で進退窮まる事態になったら無理に動かず早めに判断してその場で年越しすればいい。年越し蕎麦も装備済み(笑)
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3)

道道106号天塩河口大橋、強風の為雪が吹き飛ばされて路面に積雪は無い。たまに視程が悪い所があるものの通常の吹雪程度の荒れ具合。
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4)

稚内に近づくにつれて、本格的な暴風雪の第一陣がやってきました。濃密な降雪の為視程が悪化します。瞬間的に視程2m未満になり前走車がブレーキをかけて減速します。

しかしほんとうにやばい瞬間は写真を撮ってられません(笑)この写真は視程10m以上あり安全な通行状態です。
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5)

ノシャップ岬を回り日本海側からオホーツク海側に回り込むと暴風雪も一休み。猛吹雪の中を走ると、バックミラーや窓は雪で覆われて極端に視界が利かなくなります。

路面の状態が降雪で覆われて見えないので、バイクで走るには厳しい事になります。突然に路面の凸凹にハンドルを取られてバランスを崩す事があり、一瞬も気の抜けない走行になります。

降雪が止んでいる隙に窓を全開にして雪を落とし、ドアミラーを覆う雪を手で払います。
 
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6)

国道238号線稚内空港を過ぎた宗谷村のあたりを宗谷岬に向かっているバイク。

路面は圧雪路面が一度解けて凍った分厚いアイスバーンの上に雪が降り積もった不規則に滑りやすい路面です。足を着いていますが止まっている訳では無く、両足をパタパタと着きながら止まるような低速で走っています。

ライダーは転ぶ恐怖と戦いながらフラフラと進み、それを抜いていく自動車は早い対向車が突然現れる怖さと、目前で転ばれて轢いてしまうことにならないかとドキドキしながら抜いていきます。

降雪中などで見通しが悪い時は危険度が倍増します。追い抜いてバイクの前に入ると巻き上げる雪煙で視界が遮られて転んでしまうかもしれません。

長距離輸送の大型トラックが巻き上げる雪煙は凄まじいので簡単に視界ゼロの世界を体験できます。北海道のドライバーはそれらの危険を体験し承知の上でハンドルを握っています。

しかし、自車が巻き上げる雪煙は不可抗力なので防ぎようがありません。追い抜かれた側が各自の技量で対応するしかありません。

吹雪の日は運転しないというドライバーも多数存在しますが、そうも言ってられない場合に道路情報を得るサイトとして

 「北の道ナビ」という 

(独)土木研究所 寒地土木研究所 が運営している 北海道の道路情報総合案内サイトが役立ちます。
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7)

夜になり本格的な暴風雪がやってきました。しかしこの時NHKテレビが行く年来る年で宗谷岬を生中継するという事で宗谷岬公園はテレビ用のライトアップで照らされていました。

本来は屋外でのキャンプシーンを中継するはずだったらしいのですが、暴風雪なので便所の中から全国中継していたようです。「背に腹は変えられない」全国放送生中継の事故防止の為には便所の年越し放送も仕方なしといった所でしょうか?

1999年7月25日がんばれ難病患者日本一週激励マラソンの出発式の当時、宗谷岬は暴風雨にやられて予定していたNHKの取材が出来なかった事件がありました。

それは出発式に参加している難病患者の方々を岬の突端で風雨に曝したままにしておく事が出来ずに、その場の判断で式の進行を早めて出発時間を10分程繰り上げたものでした。

NHKのカメラ準備が間に合わず出発の画像が撮れない事態にクレームがついたらしいのですが、マラソンはぶっつけ本番の一発勝負で再撮など出来ません。

個人参加のプロテレビカメラマンが自前の機材で嵐の中スタート映像を撮影していた事からも撮影が不可能な状況では無かったようです。

スタート映像が撮れなかった事で後に訪れる各県で「難病対策拡充を求めて日本一週マラソンで県知事に面会」というニュースに取り上げる時に困る事になります。

これにより初っ端からNHKとの関係が吹雪のごとく冷え込んでしまいましたが、後の各県では民放が熱心に取材して放送し盛り上げてくれました。

そのおかげもあって当時の国会の状況上正式には不可能だった厚生大臣に面会叶って直接請願できたものでした。

自然は人の都合では動かない、「状況に応じて臨機応変に対応すべし」という教訓を新年早々全国中継出来たのでは?
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8)

大荒れ天気にも関わらず予想外に多数のバイクが集まっていました。しかもその様子が全国中継なんかされちゃって、来シーズンは二十数年前のバイクブーム再来なるか?

今回ワゴン車で行ったのでバイク仲間を乗せて宗谷岬神社まで初詣に出かけたりして皆で楽しく年越しする事が出来ました。

バイクもいいけどワゴンもね、おせちもいいけどカレーもね的な年の越し方でした。
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9)

まだ嵐の余韻が残る元日の宗谷岬に花火が上がりましたが初日の出は見られず。それでもオホーツク海岸を走り始めて直ぐに雲の切れ間から2013年初日の出のおでましです。

昨年は事故から一年を経て中断していた震災ボランティアを復活出来た嬉しい年でした。今年は更なる進化を望みます。

生かされた命は前を向いて走って行ける。感謝!
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10)

大韓航空機撃墜慰霊碑を照らす2012年最後の日没。事件が起きた1983年9月1日から30年の節目の年

「不測の事態は起こりえる」手を合わせると聞こえてくる織り鶴のささやき、決して忘れること無く気を引き締めて一年をスタートします。

実はこの時既に自分の身体に一大事が進行していた。それは後の検査で発覚するまで深刻度を増していく事になる。
 
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100)元旦宗谷岬ツーリング2013

 ・・・おまけ

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